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【LとF】 秋夕の決別

L・・・岩井理紗(ライター)
1976年生まれ。京都出身。福岡、東京と移り住んで現在ソウル在住4年目。夫、2児の4人暮らし。

F・・・フワンソワーズ・コマゴメ(主婦)
1974年生まれ。兵庫県西宮市出身。主に関西で育ち、現在東京在住11年目。日本人の夫と2人暮らし。

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On Jul 8, 2019, Françoise wrote:

リサさま

東京はもう3日だか4日だか梅雨空が続き、低気圧と湿気と強烈な南風で、濁った水槽の底に沈んだみたいに身体が重いです。ソウルにも梅雨はあるのでしょうか?

 いま、美容院にきています。感染予防対策として飲みものや読みものは持参するようにいわれていたのに、今日はうっかり本を持ってくるのを忘れてしまいました。一瞬絶望したけれど、ふと思いたち、カラー剤が髪に定着する25分の間に、リサへの書簡を書くことにしました。最近はこういう隙間を埋めるような時間の使い方を思いつくとワクワクします。

 美容師さんは、クリーム色のシルク地にうすいグリーンの植物や宝石のモチーフがほどこされたアロハシャツを着ていました。わたしが「可愛いシャツですね」と伝える と、彼女は「暗い天気だから明るい気持ちになれるように選びました」と答えました。すてきな考え方だなと思いました。 ソウルでは、雨の日はどのように過ごしていますか?


On Aug 5, 2020, Lisa wrote: 

フランソワーズさま
おお、奇遇ですね。メールをいただいたその日、私も美容院で5ヶ月ぶりに髪を切りました。散乱した毛束を見て、世界が変わったこの5ヶ月間の鬱々とした気分も身から離れたような感覚をつかのま、覚えました。

 乾燥して降水量も少ないソウルですが、梅雨はあります。まさに今日も昨晩からしとしと降り続く雨。韓国では雨の日にジョン(전、日本で言うところのチヂミ)を焼く習慣があるそうです。一説には雨の音と、ジョンを焼く音がポツポツ、パチパチと似ているからなんだそう。ソウルに住み始めてすぐの頃この話をどこかから聞いたのですが、情緒的でいいなと思いました。フランソワーズさんが出会ったアロハシャツを召された美容師さん然り、日常のささやかな発想は自分や周りにほんのり明るい光を灯してくれますね。

 さて、雨のソウル。耳をすませながらジョンでも焼きたいところですが、現実は湿度でボコボコ浮かび上がってきた壁紙(本当に薄〜い「紙」なんです)に不快指数を高めています。盛り上がったところが陸地で......壁が世界地図に見えてきた。今年の夏は日本に帰れそうにありません。


On Aug 5, 2020, Françoise wrote:

リサさま 

なんとも奇遇なことに、いままたヘアサロンにいます。1ヶ月にいちど、ヘアサロンに行くのです。今日はちゃんと本を持ってきていますが、これはもう、いまここで書簡を書くしかないだろうとおもい、行動しています。どうぞ返事の速さに驚いてください。

 もうひとつ驚いたことがあり、雨の日にジョンを焼く話。まったく同じエピソードを誰かから聞いたことがあります。リサからだったか、それと一時期むさぼり読んでいた韓国フェミニズム文学に、そのことが書いてあったのかもしれません。なんだか、 正夢を見ているような気持ちでした。

 それから、人間は雨の日に詩的な気持ちになるものだなと感じました。めくれて浮き上がった壁紙が世界地図にみえるなんて、ロマンチック。東京は8月になってようやく梅雨が明け、昨日くらいからものすごく暑くなり、脳みそがぼーっと麻痺しています。リサのいう「変わってしまった世界」にもすっかり慣れました。わたしも詩的なことを言ってみたいけれど、なにも浮かんできません。海に潜って、息を吐いて、アイスクリームが食べたいです。


On Sep 27,2020, Lisa wrote: 

フランソワーズさま
早く返事を頂いてましたが、それからふた月もたってしまいました(先週美容院に 行ったのになんでそこで返事を書かなかったのだ!)。この夏、ソウルは雨がとても多くて、ずっと梅雨のさなかにいるようで、なんとも不思議な夏でした。雨量と反比 例して詩的な気持ちが枯渇してしまったのが悔やまれるところです。気づけば気持ちのいい秋晴れの日が続いていて、もうすぐ秋夕(チュソク)。ソウルに来てちょうど 3年が経ちました。

 その3年間に2020年をカウントしてもいいのか、と思うくらいにわかりやすく新型コロナ流行以降気持ちが停滞してしまいましたが、こんな時でも軽やかに歩みを止めない知人もいたりして、一辺倒ではない人の行動に刺激を受けたりもしました。考えてみれば当たり前のことなのですが少し頭が固くなりつつあるアラフォーにとっては大 いなる学びだったかもしれません。そして、フランソワーズさんのメールにあった言葉。海に潜って、息を吐いて、アイスクリームを食べる。これがなにか物語のなかの話みたいに感じるのは初めての感覚です。

 ぎゅうぎゅうの海水浴場でもいい。芋洗い状態でもいい。そんなふうに屈託なく人が集まれるのって本当に幸せなことだったんですね。

〈LとF/2段目・完〉

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