「ジャニーズ帝国の崩壊」が齎すもの
ジャニーズという巨大な帝国が崩壊を迎えつつある。ジャニー喜多川のしたことは許されぬことであり、それをどうこう言うつもりもないのだが、それにまつわる言説の中で「正常な競争」だの「公平な番組作り」だの、そういう言葉が散見されるようになってきた。
果たして、ジャニー喜多川の「圧力」により、ジャニーズはどのような「歪み」をもたらしてきたのだろうか。今日はそこを考えていきたい。
結論から言えば、ジャニーズが消えたところで、正常な競争、公平な番組と思われているであろうものは、何一つ産まれないだろう。ジャニーズ抜きで番組作りされようが、「嫌いなやつら」が出ないだけであり、「キミの好きなタレント、あるいはアーティスト」は出番が増えることはないだろう。
まずは、想定される「ジャニーズ側の利益」について定義しよう。
1.歌番組への優先的な出場権
2.ドラマへの優先的な出演権
3.その他番組への優先的な編成権
このうち、2と3についてはほぼ同義なので3については割愛する。
他にもジャニーズへの様々な利益はあるが、それは視聴者の目に見えないものなのでここでは考慮しない。それらがなくなった結果、視聴者が目に見えるのは上記3点だからだ。
逆に言えば、ジャニーズへの様々な利益がなくなっても、なおも上記3点が変わらなければ、それは彼らが自力で得た「権利」であり、それこそが「正常な競争」や「公平な番組」ということであろう。
であるならば、1に関しての「ジャニーズへの利益」は「本来出場できるほどの実力でないものに、その枠が与えられていた」ということになる。だが果たしてそんなことはあるだろうか?
以前にも「NYCは紅白に出れるほどの器でもないのに紅白に出た」とあったが、あれはNHKの番組にNYCのメンバーが出てきたことへの「お返し」であり、その後番組がなくなった後はNYCは出ていない。これは「貸し借り」であって、厳密には「忖度」とは言えないだろう。
ジャニーズの音楽性が低いならばまだわかるが、ジャニーズの音楽性に関しては低い部分はない。作ってるアーティストはJ-POP一流のアーティストであり、それらを歌いこなす人間に何ら瑕疵はない。
ジャニーズ側も、デビューまで厳しい競争を課していて、それにある程度の「忖度」があったことは既報通りだ。人によってはSMAPへの仕打ちを想定するものもあるだろう。だが、それらはすべて「ジャニーズの内輪もめ」であり「正常な競争」とはまた違うものである。それを忖度や不正な競争と言うならば、ジャニーズ内の贔屓によって出てきたグループの音楽性が、極端に低いことを証明しなければならないが、一流アーティストが手掛けている音楽に対し、「極端に低い」という評価をなすことは、J-POPそのものの評価の低さを指すものに他ならないだろう。
ジャニーズの音楽の否定は、
自分たちの首を締めることになる。
ただ、現状歌番組からジャニーズが排除されていて、枠が空いているのは事実であり、穴を「誰か」が埋めてるのも間違いない。だが、それは「キミの好きなアーティスト」では、恐らくないだろう。
なぜなら、「ジャニーズがいなくなったのでこれから活躍しそうなアーティスト」といって、共通の認識ができる存在など、どこにもないからだ。存在するならばそれは「意識的にテレビを遠ざけているアーティスト」であり、当然ジャニーズが消えようが彼らがテレビにでることはないだろう。多すぎるアーティストは、ジャニーズなど無くとも、常に競争に晒され、枠を取り合っているのだ。
今までも、そしてこれからも、ジャニーズがあろうとなかろうと、J-POPにおける「競争と発展」はなされていく。J-POPは、忖度程度で揺らぐほどの、小さな音楽ジャンルではないのだ。
次に、ドラマについて考えてみよう。
ワタシにとっては残念なことだが、こちらは音楽のようにはいかない。ジャニーズが優先的に割り当てられた役に対し、俳優の枠が1つ減っていることは間違いなく、ジャニーズ帝国の崩壊により、彼らはより厳しい競争を強いられることとなるだろう。
しかし、だからといって「キミの好きな俳優」が、より出番を得られるとは思えない。それは「人間の時間には限度がある」からだ。
売れっ子の俳優は、どれだけ仕事を増やしても、これ以上使えないところまで仕事が入っている。もちろんもっと増える人も出るかもしれないが、それはきっと、「仕事がない」のではなく「休みが減る」のだと思われる。
ここでも正常な競争は行われていて、たとえジャニーズの枠が減ろうとも、売れてる俳優はもう出番を増やせないのだ。
それは俳優の編成権が、局だけでなく、監督にも与えられているからだ。
昨今の監督は自分のお気に入りの俳優をキャストし、ドラマを作ることが増えている。「◯◯組」なんて言われ方をしだしたのは、平成の末期に入ってからのことだろう。もう既に、正常な競争(あるいは、正常な競争の結果による「忖度」)が行われているのだ。
なので、「キミの好きな俳優」が出番をもらえる可能性は、非常に少ない。
ただ、競争が正常に行われた結果、より小さな出番の取り合いは起こるだろう。これは音楽の時とは違う。思わぬ俳優が抜擢され、一躍スターダムにのし上がるなんてことは起こるだろう。
しかし、それが「増える」のかはわからないし、「そのスターダムに上がるのがジャニーズの誰かである」という可能性もなくはない。
きっと思ってるほど、ドラスティックな革命は起こらない。なぜなら、ドラマの世界は正常な競争とは遠い、既にジャニーズに限らないあらゆる忖度と都合によって成り立っているからだ。
ハリウッドほどの規模になった上に俳優協会でもできれば別の話だが、そこまで至るには、ジャニーズ帝国の崩壊程度の話ではないだろう。
これはあくまで推論であり、どういう未来が待っているかはワタシにもわからない。ただ、ジャニーズが消えた結果「正常な競争」とやらが行われ、日本人の大好きな「切磋琢磨」が行われた結果、「キミの好きなアーティスト/俳優」がバンバンテレビにでて、ガンガンヒット作を出し、莫大な利益を手に入れることはないだろう。
「キミの好きなアーティスト/俳優」にヒゲダンやキングヌー、サカナクション、あるいは大泉洋や山田孝之などは入るまい。彼等はもう正常な競争により、にっくきジャニーズに勝利した「勝利者」だ。そこに入る「ジャニーズが不正な手段を用いたために出番を減らされ、その結果日の目をみていないアーティスト/俳優」の出番が今後劇的に増えたなら、それは大体1年後ぐらいにもう一度記事を書きたい。
まあ、一番最悪なのは「誰かが、どこかがジャニーズの代わりになる」ことなのだが、それこそ「正常な競争」など1ミリも存在しなかったということになるだろうか、そんな未来など絶対に訪れてほしくないのだが…
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