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七夕の夜
おはよう
君とのありふれた朝が始まる
四角い窓から外を見つめながら
「なんだか台風がこっちへ来るみたい」って
その影響か雲が早く流れていく
「今日も暑くなりそうだね」
「七夕祭り、暑かったね」
「でも3年ぶりのお祭りは楽しかったよ」
「ところでさぁ、短冊の願い事なんて書いたの?」
「内緒」って君は少し俯き加減に言う
「でも神様っているんだね」って呟いた
「どうしてそう思うの?」
「私の願い事かなっちゃったもん」
「すごいねぇ、神様ありがとうだね」
「私の願い事、君のそばにずっといれますようにって」
「ある意味、かなっちゃったよね」
「ジュース買ってくる」って君は何も持たずにドアを開ける
数分後、何も買わずに帰ってきた君
「お金忘れちゃった」少し額に汗がにじむ
君はベットの端に腰かけてフーっと息を吐く
「もうジュース入らないの」
「ひかるが欲しいなら買ってくるけど」
「あのねぇー欲しくても飲めないの」
「あーそっかぁ」ってクスって笑う君
四角い窓から見る雲は刻刻と形を変えていく
僕はなんの装飾もない白い天井を見つめていた
突然、君の顔が僕の視界を遮る、少しグレーがかった瞳が僕を見つめる。
「ねぇ変なことばかり考えちゃダメ」
ベットから立ち上がり流れる雲を見つめてる
「せっかく遠くから応援に来たのにね、負けたら許さないから」
「PK戦までもつれるかもな」
サッカーに詳しくない君は僕を見つめ返し
「なにそれ?でも勝つんでしょ」
こうして、何気ない会話で一日が始まり過ぎていく。
ありふれた会話となんの変化も無い一日が大切に思える。
四角く切り取られた空は僕と現実を繋ぐ窓
今日も流れる雲が、時を告げていく
これは、僕と彼女との毎日の何気ない会話の記録。そう重ねていく時の記録。
何年かぶりの七夕祭り。君と出会った年はコロナ禍で世の中は沈黙の中にあった。
「絶対に七夕祭りいこうね」が君の口癖だった
〈今年の七夕祭り〉
少し距離を置いていた僕の気持ちなど無視するように半ば強引に押しかけてきた君
「明日、行くからね」
前日にいきなりメール。僕の都合などお構い無し。
いつもわがままなんて言ったことのない君
いきなり浴衣の画像を何枚も送ってきた
「どれがいい」
それが不思議と僕の好きな柄だった
「どれでも似合うと思うよ」って素直言った
と言うと、きまって不機嫌になるんだった
「あわてて3枚目のやつ」でももう遅かった
「適当に言わないでよ。もういい」って
この状況で何を言っても変わらい
「とにかく待ってるっからね。七夕祭りいこうね」精一杯明るく答えた
「じゃ先にお祭りに行ってるから、そこで待ち合わせね」
「仕事があるから、6時すぎるよ。大丈夫?」
1人の人混みが嫌いなのに?少し変な違和感を僕は感じた。
今、思うとなぜあんなに強引に言われたのか
「どうして」ってその理由を聞こうとしたけど、未だに聞けずにいる。
「大丈夫。ちょっとしたい事があるから」
「したいこと?なんだよそれ」
「ひかるには内緒」
君は内緒が多い。その内緒もいつかはバレる
君と初めてお祭りに行ったのは、横浜のお祭りだった。君のお姉ちゃんと3人でいった。
君はいつも僕達より長い時間。何かを祈ってた。その時も僕は同じ事を聞いた
「何をお祈りしたの」って
「内緒」って君はいたずらっぽく言う
「だって願い事って人に話したら叶わないっていうでしょ」
「そうなんだね」
「でもね、この願い事。ほんとはかなってほしくないんだ」
「そんな願い事ってあるの」
僕はなんだか不思議な気持ちになった
「その願いが叶う事で、誰かが悲しむかもしれない」君は少し寂しそうに言う
そんな話しを以前した事を思い出した。
その当時はあまり気にもしなかった彼女の願い事に少し疑問が湧いた。
「その願い事は今も同じだったんだろうか」
僕の心の片隅に残る違和感。君の言葉
「私の願い事かなっちゃった」
どうしても、君の言葉にジレンマを感じる。
そんな事を考えながら、七夕祭りの当日がきた規制なしの七夕祭りは4年ぶりといこともあり
駅の改札は色とりどりの浴衣を着た女の子で溢れかえっていた。僕はようやく改札を抜け駅に直結したペデストリアンデッキにでた。
君に連絡を取ろうと、携帯を取り出し電話をしようとしたが、その必要はなく。刹那、薄浅葱色に麻の葉模様の浴衣を着た君を見つけた。
それは僕が3枚目って言って浴衣だった。
片手に何かをもって僕の方へ笑顔で近ずいて来る。
夕暮れとは言え、まだまだこの季節は蒸し暑く。夏の陽射しが君の髪をいっそう煌めかせていた。君は少し額に汗をにじませながら、僕に少し冷めたビールを手渡した。
「お疲れ様、すごい人だねぇ。」楽しそうに言う
「規制無しは4年振りだからね」
「お腹すいたから何か食べようよ」
「まってその前に行きたいところがあるの」
僕を見つめる君の瞳がグレーに輝いて、僕は素直に従うしかなった。
行きたい所ってどこだろう
「ねぇどこにいきたいの」
君は僕の質問に答えることなく.人混みの中を歩いて行く。10分ほど歩くと人混みも多少少なってきた。しばらくすると。木々の隙間からぼんやり灯りが見えてきた。
「あそこだよ」
ようやくそれが神社だったことに気づいた。
「神社にいくの」
「そう七夕神社よ」
そこは、突然現れた森のように、木々に囲まれ心地よい風が通り過ぎる。
境内へ続く参道は、外灯はなく竹灯篭が道案内をしてくれている。竹灯篭の灯りが風にゆらぎ幻想的な空間を作り出している。
君は参道の中央に並んだ竹灯篭をみながら。
「ねぇーこれって天の川だよね」
そういうと君は灯篭を飛び越して向こう側へ「ほら、天の川の挟んで年に1度しか会えない織姫と彦星みたい」
君は僕にそっと手を伸ばす。
「この手、離さないからね」君は優しくつぶやいた
僕は何も言わずにそっと握る手に力を入れた
灯篭の道案内が途切れると、笹の葉飾りが両側を飾る。
五色短冊が夜風にゆれて、七夕飾りがキラキラと月明かりに踊る
境内の中に小さなテーブルの上に、短冊とペンが無造作におかれていた。
君はテーブルに置いてある、ペンを取り僕に手渡し
「何色がいい?」短冊を手に取りながら聞く
なんとなく僕は黄色を選んだ、少し金色に輝いているように見えた。
「ふーん やっぱり」君は得意げに言う
「なんだよ。意味ありげに」
「だってその色を選ん欲しかったの、というか、きっとその色を選ぶと思ってた」
僕まんんまと
君の思い通りになったわけだ。
「ねぇ、五色の短冊の色の意味って知ってる」
君のまた、ミニ知識の披露が始まるのかな?
「木は青 火は赤 土は黄 金は白 水は黒を表しているんだって」「じゃ選んだのは黄色だから土なんだね」
「でね、その色にはそれぞれ意味があって、ひかるはどんな意味かわかる?」
「いやぁ、そもそもい色が何を表してるかも知らなかったのに」
七夕飾りを優しく揺らした風が、君の髪を撫でていく。
浅葱色の浴衣の袖が、竹燈籠の灯りに揺れる
この光景って?デジャブ?うつつの中 君の言葉が風音にまぎれる。
「ねぇー聞いてる?」少し怒ってるかな
「聞いてる聞いてる。それでなんだっけ?黄色の意味」
こんな時間がずっとずっと続いたらいいと思ってた。でもこの胸の中の不安はなんだろう
「黄色の意味はね【人を信じて、大切に思う事】なんだって」一瞬、君の頬が光った
君は七夕飾りを揺らしながらささやくように
「でも私、信じる事ができなかったの」
僕が何かを聞こうとしたのを遮るように
「早く短冊に願い事を書いて」
君はそう言うと七夕飾りのトンネルに向かった
「私見てないからね、、何を書いたかも言わないで」僕の方を見ながら遠ざかる
夜風に浅葱色の袖が揺れていた。
君は闇に呑み込まれそうに はかなく
刹那、君の髪飾りが月明かりひかり
君は闇に消えた 僕は残影を追う
言いようのない 不安と焦燥が僕をつつむ
僕は小走りで 闇に向かい
さやさやと七夕飾りが月明かりに揺れる
僕は大声で君の名を 呼んでいた。
きっといつもの 君のイタズラってわかってる
でもこの闇は永遠に続く気がして
心地よく頬を撫でる夏風でさえ不安を誘う
「ひかる」どこから僕を呼ぶ君の声
声の先は僕の真後ろだった。
僕は駆け寄り、怒ってやるつもりだったのに
「ねぇ、いなくなって心配した?」
イタズラっぽく言う君をみて、怒りなんてどこかに行ってしまった。
ただあの数分は、とても長かった。
「やっぱり、心配したんだ」
君は、少し息を弾ませながら言う
「そうでもないよ」 素っ気なく強がった
「そうなんだぁ、なんかつまんない」
僕は、そんなくだらない事を全力でやる君が好きって言おうとして、言葉を呑み込んだ
まるで、雲間に隠れていた月が現れような
そんなロマンチックな気持ちをかき消すように
「ひかるー走ったらお腹すいたよ」
それ君が勝手に走ったわけで
「そうだね、こっちにくるまで何も食べてなかったね」 全くいつも自由すぎるねー君
「あ!ちょっと待って」
短冊の置いてあるテーブルの方へ
僕はぼんやりたけ灯篭の明かりを見つめていた
何かを手に嬉しそうに戻ってきた
「あげる、さっき見て可愛いって思ったから」
七夕祭りの可愛いキャラクターの入ったお守りを手渡された。
僕に選択の権利はなさそうだ。
小さなお守りが僕の手の中にある
「お守りって持ってるだけでなんだか安心するよね」君は小さなお守りをそっと手に包む
「いてくれるだけで安心する、それって私にとってのひかるくん」
急に「くん」付けで呼ばれた。
「僕にとっても君はお守りだよ」
そう言った時、もう君は先を歩いていた。
「お待たせ」僕は小さくつぶやく
七夕神社の静けさがいつの間にか お祭りの華やかさに変わっていく。
僕は君の後ろをついていく。少し前まで君はあの人の影に隠れずっと後ろをいつも歩いてた。
でも今は僕が君の後ろを歩いてる。
君の後ろ姿を見ると安心する、それは紛れもなく君は僕の視界の中に存在してるから。
僕はもうどんな雑踏も中でも君を見つける。
少し秋の気配を含んだ風が、優しい時を連れてくる。
季節は確実に2人を未知の時間にいざなう。
何も求めずただそこにいる。
「瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ」
君が好きな百人一首の詠がふと頭に浮かぶ
よく数人で百人一首をしたのを思い出す。
君はその札をとると嬉しそうに僕に渡した。
それにそんな深い意味を感じたりしなかった。
そんな事を考えてると、露店の前で僕を呼ぶ
「並んでるんだから、早くきてよ」
僕は、ほっとして息を吐く。
そんな無邪気な君を見ていると無性に不安になる。こんな何気ない時間がずっとずっと続けばいいと心から思った。
僕は君にせかせれるように少し早足で君のもとへ向かう。君は少し不機嫌そうに。。。。
「もう遅いよぉ、じゃ私は向こうに並ぶからこっちはよろしくね」 と言いながら、僕はひとりたこ焼き屋さん列の取り残された。
「私がひと皿食べるからね」 向こうの列から僕に言う
と言う事はもうひと皿買えってことね。
色々な露店からお美味しそうな匂いが2人を包み、七夕の夜が華やいでいく。
空いているテーブルを探して、少し遅い夕食にありついた。透明なプラスチックグラスには色とりどりの灯りに照らされた。琥珀色の泡が現れてれは消える。
僕はまだあの時の君の言葉の意味を聞かずにいる。
「また来年も一緒にこようね」
「そうだね」 喉の冷たい感触が拡がっていく。
祭りの喧騒の中、一瞬訪れる静寂
「私ってこのままでいいの?」
君の瞳の奥にある不安と淋しさ
君は不安を笑顔で飾り 僕は優しい嘘をまとう
初めての七夕祭りの夜はゆっくり満ちていく
「ねぇ、短冊に書いた願い事教えて」
「君とずっと一緒に入れますようにって」
「嘘つき!でも今言葉にしたからそれでいい」
「これからだね」
「うん、これから」 もう一度 乾杯
でも、僕はまだ、あの頃の君を知らない。
七夕飾りが夏風にゆれる、君の瞳に微かな星の輝きを見る。僕達の何気ない日々がこれから始まる。