kotoとMaru
日記というものは1日にあったことをツラツラと書くのでは無くて、その日にあった小さな出来事一つに焦点を当てて書くものだという言葉をTwitterで見て、なるほど確かにと思った。
という何の意味も持たない話を最初に書いてみた。
本当マジでちゃんと毎日書くぞと思ってはいるが、なかなか筆が進まない(パソコンで書いてるけどね)。
でも、少しのキッカケさえあれば文章というものは頭の中かか引っ張り出すようにスルスルと書けるものである。
というか、久しぶりに書くとどんな文体で書くか迷う。前はですますで書いてたような気もする。でもまあ多分書きたいこととか、その日の気分によって文章の持ち顔みたいなものは変わってくるだろうしな。
今日はスズキナオさんの『酒ともやしと横になる私』というエッセイを読んでいた。この本はオススメをしてもらった本。人からのオススメというのがとても好きで、自分だけだと絶対に見えない景色を見せてもらっているように感じる。どこかの偉い人が『人からのオススメばかり読んでいては本物になれない』みたいな事を言っていたのを思い出す。(ニュアンス違うかもうろ覚えです)
でも私はいいじゃないか!!!と思う。人からオススメされて好きになるものだってあるもんね。好きの入口なんて何でもいいじゃないか!と。
とここまで書いて気づいたけどテーマと逸れまくっている。でもこれもいつものこと。集中力のない私にとってはこれは平常運転なのだ。
この記事のテーマの【kotoとMaru】というのは私のよく聞く音楽の曲名である。最近の私にとってはこの2曲はもう一種の精神安定剤と言っても過言ではないレベルに聴きまくっている曲なのである。
もともと歌詞のない曲を聴くことはなかったんだけどHashimoto Hideyukiさんの音楽と出会ってから歌詞のない音楽の心地よさに沼っている。最近のモーニングルーティーンには梅の匂いのお香を焚きながらこの2曲をかけて読書をするというものが組み込まれたほど。
この2曲の何が好きかって言われてもなかなか形容し難いものはあるのだが本当にケバだった心の表面を滑らかにしてくれるようなそんな作用がこの2曲にはある気がしている。これはもうオロナインと同じ効用があります。ザグザグにHashimoto HideyukiさんのCDを置いてもいいんじゃないかしらと思うほど。
もともと私の大好きな本屋さん【紙片】で流れていて何だこの素敵な音楽は!となったのがキッカケ。
いつも草稿という CDが流れています。次に行った時こそ絶対にゲットするぞ...!
なんか久しぶりに書いたらなんか書きたいことがまとまらなかったのでこの辺にしておきます。
明日も2秒の出来事を1,000文字くらいにしてまとめたいなあ、と思っています。
雨ちょっとやだな。もみあげが言うこと聞かなくなるから。