「だが、情熱はある」の誰に感情移入したか。
私はオードリーが大好きなので、もちろん今期の日テレのドラマ「だが、情熱はある」を楽しく見ました。
テレビが大好きな割に、もともとドラマに限らずあまりリアタイ視聴をしないのですが、このドラマが放送される日曜日の夜10時半には毎週テレビの前(スマホの前のときもありましたが)におりました。
午前0時の森で、このドラマのことを知って以来、始まる前から楽しみにして、始まってからも楽しみにしてきた日々も昨日で終わりました
(厳密にはHuluのスピンオフをまだ見ていません。この記事をアップしたら見ます。)
正直に言うと、私が「たりないふたり」に共感するようになるのにはだいぶ時間がかかりました。もともとカスガーですし、若林さんがダヴィンチでエッセイの連載を始めた当初、それを読んでもあまり共感できず、面倒なことを考える人もいるものだ、おもしろいなぁという感想を持った記憶があります。もともと芸人さんのエッセイが好きで、松本さんや太田さん、山里さん、岩井さんのエッセイを読んでいて、どれももちろんおもしろかったのですが、若林さんのもそれと同じ分類で、楽しい軽い読み物という存在でした。
けれども、月日が経って、自分の置かれる環境や心境が変わってみると、不思議なほど若林さんの表現の一つひとつに、共感したり理解したりできるようになりました。
ここ3年ほどの精神的に不調な期間に、ネガティブな自分を抱えながらも死なずに済んだのは若林さんがいたからです。本当に大好きです。
でも、ドラマを見ていて、私が感情移入したのは圧倒的に山里さんでした。山里さんのコンビを組むまでの周到な根回し、賞レースで戦うための研究と緻密な調整、コンビが売れてもネタを作らない相方に人気が集まり自分が認められない悲しさや嫉妬。山里さんの、努力で地位をつかんだプライドと才能がある相方や同期へのコンプレックス、それに抗おうともがく山里さんの姿勢が、自分と同じに思えました。山ちゃんがおよそ人として受け入れがたい言動をするたびに、「山ちゃんやばい」と思うのと同時に「めっちゃその気持ちわかる!それにそれが分かっちゃう私やばい!」と感じました。そして、山里さんと若林さんがそのやばさを笑いにしてくれることで、嫌なところも含めた自分の存在が世界に受け入れられるような、辛さや孤独が昇華されていくような気がしました。
結婚したあとの自分の立ち位置の変化に山ちゃんが悩んでいるときも、島さんもしずちゃんもずっと同じことを言ってくれていたのに、若ちゃんに言われるとなんだか腑に落ちるところも、「そういうことあるよなぁ、誰に言われた言葉かって自分の中で大事なんだよなぁ」と共感していました。
でも、山里さんや若林さんと私とでは決定的に異なるところがあって、それは今の私は仕事に情熱を持てないでいるということです。
信念を持って(山ちゃんは自分にはそれが無いと言うけど、そういうありのままの自分で朝の帯番組をやっていこうという信念があるではありませんか。)ずっと仕事をしてきたけれど、それが叶わなくなって、私の心は散り散りになってしまったからです。
今は、またそれを取り戻す(取り戻すというよりはまた積み上げて作っていくというほうが近いかもしれません)作業を始めたところです。よい結果につながりますように。
いずれにせよ、明日のたりないふたりを見たときの感動と涙を、もう一度体験できるとは思っていなかったので、本当にすばらしいドラマに出会ったなと思います。
そこも再現してくれるの?というファンとしてのトピック探しをもっとしたかったけれど、それをツイートする暇もなく、山里さんや若林さんに感情移入して涙をボロボロ流しながら見ることが多かった気がします。
ブルーレイボックスをとりあえず予約しました!見返すにはエネルギーが要りそうですが。