宇宙童話 記憶保管所 記録係⑥ 石職人と磨かれた石
工房までくると、ドアノブには《お休みです。また来てください》という看板がかけてあった。
わたしはここまできたならと便り石が取れる川まで歩いて行くことにした。
風が吹き抜ける並木道はとてもいい気分になる。
この便り石に写し込みをしたパイロットさんはどんな素敵な景色を見てきたのだろう?
父さんも惑星間パイロットだけれど、今は他の惑星への着陸許可書は発行されないから惑星があっても近くを通り過ぎるだけだよと聞いている。
惑星間留学生だけは、特別な許可書で他の惑星に一年間住むことが認められている。
でも、どこの惑星にでも行ける訳ではなくて隣の惑星だけだ。
隣の惑星は惑星間交流が盛んだった頃に、わたしたちの星の人がたくさん移住した場所なので、わたしたちにとっては馴染みのある場所。
でも、星読みが出来る兄さんは「僕たちの星とはまったく違う星だよ。僕はこの星のほうが居心地がいいんだ」と言っていた。
このパイロットさんの行った惑星はとても素敵なところみたいだから、兄さんも行ってみたいと思うのかな?今度帰ってきた時に話してみよう!
そんなことを思いながら明るい日差しの中を川に向かって歩いた。
☆☆☆
一人で川に来るのははじめてだった。
透き通った美しい川に手を入れるとひんやりしてとても気持ちがいい。
「お嬢さん、その木箱には便り石が入っているのかな?」
横を見ると、釣りをしているおじいさんがいた。わたしは話しかけられるまで気がつかなかった。
「はい、預かり石です」
「ほぉー。お若いのに預かり石ですか?それは素晴らしい」
「最近、管理局に登録したばかりなんです」
「そうですか。この星では読み解きが出来る方が少なくなっていますからね、それはそれは……」
おじいさんはとても優しいお顔をしている。川の流れは穏やかで、魚が気持ちよく泳いでいる姿が見える。
「ここにはよく釣りに来られるのですか?」
「ええ。昔からこのあたりにいましてね。今日は天気も穏やかですし、石職人もいませんでしたから釣りでもと思いましてね」
「わたしは向こうにある工房に行って、この預かり石について相談しようと思っていたんです。でも、今日はお休みだったようで、それでここに来ました」
「何か困り事でも?」
おじいさんは釣竿を脇に置いて、大きな石の上に置いてある革のかばんから袋を取り出して「どうぞ」とクッキーを一枚くださった。
工房でいただくクッキーと同じだ。
「便り石工房の奥さまに作り方を教えていただきましてね」
「わたしこのクッキー大好きなんです!」
「わたしもです」
わたしはいただいたクッキーを食べながら、もしかしたら、この間お祝いにいただいた便り石を作られた職人さんはこのおじいさんなのではないかと思った。
「この預かり石はかけた部分があって、表面もざらざらしているんです。だいぶ昔の便り石のようで。途中までは読み解きは出来るのですが、最後の方が読めないので、このざらざらした表面を磨いてあげると読めるようになるような気がしたんです」
「ほぉー。それはそれは。もしよろしければ、拝見してもいいかな?わたしも昔は便り石職人をしていましてね、少しは石に詳しい。修復できるものか見てみましょう」
やっぱり、きっとあの便り石を作られた職人さんだ!
「ありがとうございます!」
わたしは木箱の中から便り石を丁寧に取り出し、おじいさんに見せた。
おじいさんは便り石をじっと眺めている。
「これはこの星のものではないですね」
「なんでわかるのですか?」
「わたしはよい便り石かどうかを判断する時に、どう結晶しているのかを見るんです。結晶が美しければ写し込みもうまくいきますし長く保管できます。
この星の結晶はとても細かい。この星よりも古い歴史を持つ惑星で作られた便り石です」
「削り直すことで読み解きは出来るようになりますか?」
「これは秘密にしてくださいね。便り石は同じ星のある結晶体で磨かなければいけません。わたしはこの星の結晶体は持っていますが、あなたの預かり石の惑星の結晶体は残念ながら持っていません。
ですから、磨くことは出来ないんです。
違う星の結晶体で磨いてしまうと写し込みが消えてしまう可能性があります」
わたしは残念に思いながらも、便り石がどのように磨かれていくのかを知れてとても嬉しくもあった。
ただ、これ以上の読み解きが出来ないのは残念だ。
「お嬢さん。諦めるのはまだ早い。もう一つ、方法があります」
午後のベルが鳴った。
帰る時間。
「おじいさん、わたしもう帰られなければいけないの」
「工房の奥さまに伝えておきます。あなたに会えて嬉しかったですよ。お兄さんによろしく伝えてくださいね」
兄さん……?!
☆☆☆
便り石がころっと木箱の中で転がった。わたしは川の近くの石の上に座っていた。
あのおじいさんは?
近くを見渡しても、もう姿はなかった。
わたしは木箱を大切に抱えながら、家まで急いで帰った。
☆ ☆ ☆
家に着くとまだ母さんは帰っていなかった。
井戸で顔と手を洗うと、わたしは寝室の窓を開けて風を入れた。
ベッドの上で木箱を開ける。
「あっ!!」
預かり石がきらきらと光っている。
表面のざらざらした感じもなくなっていた。指に触れるとぴたっと吸い付く感触。
どうして?
光にかざすとかけていた部分もきれいに磨かれていた。
これなら読み解きが出来そう!
わたしは預かり石を木箱に入れて、リビングに持って行った。
『丁寧に、丁寧に』
テーブルの上に預かり石を置き、中指と親指でそっと触れた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
滝の音がする。鳥の鳴き声がこだましている。
男の子と女の子が川で水浴びをして楽しんでいる。隣にいる人……きっと惑星間パイロットの方。
読み解きが出来なかった部分も今回は読めた。
『家族の皆んなへ。
この便り石にはわたしが見てきた惑星の記録を保管しておこうと思う。
わたしの記憶保管所として。
わたしはいつかあなたたちとこの惑星に来たいと思っています』
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
わたしは涙が止まらなかった。
この便り石からトトさんの優しさが溢れ出てくる。
「ナイル……」
母さんが帰ってきた。
「母さん、わたしこんな気持ちになったことないわ。この便り石のパイロットさんは、とてもいい方で、家族のことをたくさん愛していて……
惑星のこと、その惑星に住んでいる人たちのこと、植物さんたちのこともとても愛しているの」
母さんは持っていた袋を床に置いてギュッとわたしを抱きしめてくれた。
「ごはんにしましょう。ゆっくり話を聞かせて」
☆☆☆
翌日、預かり石を惑星管理局に返しに行き、読み解きの内容を書いた紙を窓口の方にお渡しをした。
基本的に預かり石の持ち主とは会うことはないのだけれど、母さんが特別に会えるように窓口の方に話してくれた。
窓口に来られたご家族はわたしの書いた便り石のメッセージを読んで涙を流されていた。
「今日はこの便り石を読み解いてくださった方が窓口にいらしています。お会いになられますか?」
「お願いします」
わたしは窓口に歩いていき「便り石を読ませていただいたナイルです」と自己紹介した。
「まぁ、まだ小さなお子様が……?」
「母が管理局の局員をしています。小さな頃から母に読み解きを教わっていました」
「素晴らしいわね」
「ナイルさんは局員でも読めない難しい便り石を読み解くことが出来ます。こちらの便り石もナイルさんしか読むことが出来ませんでした。後は、ナイルさん、よろしくお願いしますね」
「はい」
わたしはこの便り石を持ってこられた惑星間パイロットのトトさんのお話や彼が訪れた惑星の景色、そこであった男の子や女の子のことをお話した。
「とても貴重なお話をありがとう。わたしのおじいさんが昔、惑星間パイロットをしていた人がいたんだよと話してくれたことがあるの。その時たくさん便り石を持ってきてくれたらしいんだけど、見つかったのはこのひとつだけ。でも、じゅうぶんだわ。こんな素敵な便り石はじめてよ」
「トトさんの愛がいっぱい込めてあるからだと思います。こんなにきれいな写し込みははじめて読みました」
「ありがとう、本当にありがとう」
☆ ☆ ☆
わたしは管理局の外までお見送りをした。素敵なお手伝いだった。
近いうちに、工房に行ってこのお話をしなければ。そして、あのおじいさんにもお礼を言わなければ。
その日は、特別手当てとして30ラーンをいただいた。母さんが帰る時間まで、近くの木箱屋さんで新しい木箱を二つ購入した。青いガラス球が埋め込まれた木箱と、黄色い色の木箱。黄色い木箱には鳥が描かれている。とても可愛くて人目見て気に入った。
母さんと歩きながら話すのはとても楽しい。きれいな並木通りを歩きながら、母さんの手をギュッと握る。いつもあたたかくて柔らかい手。
「素敵な木箱を見つけたのね」
「そうなの!とても気に入ってる」
「ナイル、今日ね、母さん宛に便り石が届いたの。正式に衛星局の局員になったわ。月の半分は衛星に行くことになるけれど、お兄ちゃんに来てもらうように頼んでみるからね」
「母さん」
「……寂しく思わないでね。母さんはいつもナイルと一緒よ」
「うん、わかってる!」
わたしはアーザンヌという惑星のことを思い出していた。父さんは知っているのだろうか?わたしたちが住んでいるこの星からどのくらい離れたところにあるんだろう?
母さんが家を留守にするのはちょっと寂しい。でも、あの預かり石の景色を思い出すとワクワクした。
わたしもいつか行ってみたい。あのきれいな景色を見てみたいと思った。
「あとね、いいお知らせがあるの」
「何?」
「父さんが帰ってくるわ!!」