見出し画像

【短編小説】 愛と勇気と自閉症のテーマ 3871文字

じーへいじょうーだーけれどもー いーきていくー
らーんららららー
いってきまーす
たたたた


瑠璃はゲルネイルのエッジにカラーコンタクトを一枚上向きに乗せた。
長さだし部分1cmはあろうネイルなので手加減を誤ったら眼球に突き刺さるだろう。
まあこちとら何年もギャルを伊達にやっていないのでそんな凡ミスはしないが。
自らの黒目部分にアッシュグレーのそれが溶け込んでゆくと、瑠璃は確信した。
「今日は最高のクリスマスイヴイヴになる!」

涙をメイクがつかないようティッシュで慎重にふき取り、
1Kの部屋の天井に向かってハイブランドの香水を仕上げに一吹きした。
少しくすみがかった深紅のシフォンのミニワンピースがぱっと空間に対して円形に広がり、くるくるとまわった。
髪も巻いたし、その髪だって前の晩からトリートメントやヘアオイルを仕込んでおいたのだ。
イルミナカラーを施した腰まであるロングヘアのあたまのてっぺんから。勝負下着をつけ医療脱毛をしたボディを通り抜け、これまたゲルで固めたつま先に至るまでぬかりはない。
「今日のデートで決着をつけてやるんだから」
そう瑠璃は息巻くとファーコートにチェーンバッグをかけ
ニーブーツに足を通し、自宅のドアに鍵をかけた。




瑠璃。俺も今来たところ。今日も寒いね。

ひとときに心音が跳ね上がっていくのを感じた。
登司が漆黒のダブルのコートで待ち合わせ場所に佇んでいるのを瑠璃が見たときだ。
登司は小物・・・眼鏡から帽子から靴まで黒で統一してある装いだった。
カジュアルさの中に少しゴシックさを思わせる、クリスマスにふさわしいコーディネートだ。
背が高く、足が長いのでフェイクレザーに同色系のレースの入るぼてっとしたフォルムのスニーカーという外しテクニックもぴったりはまっていた。
ニットキャップはフォルムが少し猫耳型に近く、黒縁のフォックス型の眼鏡とよくマッチしているが一歩間違ったら感は否めないぐらいのバランスだ。

ー今日も登司は素敵なことにかわりはない。ー

大学のサークルで出会い、ひとめぼれしてからこちらから猛アタックし、やっと連絡先を交換しデートにこぎつけてから三回目の今回。
今回こそ交際にこぎつけなくてはという重要なデートだった。
瑠璃としてはあわよくばそれ以上を狙ってはいるが。


待ち合わせの場所は都内の公園だった。
まだ紅葉の名残が見え、カメリアの花が咲き始めたところだった。


クリスマス本番を明後日に迎えているためか、心なしかカップルや親子連れなど人々が浮足立っているようにもみえた。
これから自宅でパーティをするのか、食材をビニール袋で持ち運んでいる親子連れは足早に談笑しながら公園の噴水の近くを通り抜けようとしていた。

さあ第一の目的地のウィンドーショッピング先のデパートへ向かおう、とした時、噴水の向こう側から真っ赤な丸い物体がバタバタと音を立ててこちらに向かって走ってきた。


「きぇえぇ メリークリスマス
 きぇえぇ メリークリスマス
 きえええ メリークリスマス」



サンタクロースの格好をした小柄なツインテールの美少女が奇声をあげながら公園内で叫んでいる。


先ほどの親子連れが振り返って、何も見なかったかのようにこう言った
「可哀想に 頭がおかしいのね いきましょ
今夜は手羽先の唐揚げとケーキよ」
「わーい」





噴水付近を飛び回る謎の美少女を誰もが遠巻きに見たり避難しているので、
瑠璃は登司の様子を伺った。




「うわキッツ。あの見た目でガイジはないわ。
 社会に出てくんなって感じ。
 一生施設かなんかに隔離されてろって。
 野放しにするからああいうことになるんだよ。
 瑠璃もそう思うだろ?
 さあ早くデパート行こう 欲しがってたやつ今日プレゼントに買ってやるよ」


美少女は噴水の淵に足をとられると、そのまま池の中に落ちてしまった。
水音と、嘲笑する若者の声や悲鳴を上げる大人の声。


「帰る。プレゼントもいらない。ラインもブロックしておいて」


それだけ言い残すと瑠璃は何か言ってる登司をおいて公園の中央にある噴水へ向かった。






「こっち来れる?」


瑠璃はニーブーツを曲げて姿勢をとり美少女の腕を引っ張り池から何とか公園の敷地内へと引っ張り上げたはいいが、
謎の美少女は全身びしょ濡れだった。
なぜサンタクロースのコスプレなのだろう。

泣きながらまだ訳の分からないことを言っている。

12月の三時にこれは凍死するかもしれないなと瑠璃は冷静に思ったので着替えられる場所を探した。

背に腹はかえられぬので、近くにあった高級ホテルに事情を説明してステイすることにしたら受け入れが決まった。
シャンデリアのある受付は緊張したが感じが良く対応してくれた。
それどころか濡れたままの移動は風邪をひくということで簡易的な服とタオル、バスタオルを貸してくれた。
美少女はトイレで着替えるとスッキリしたのか奇声を発しなくなった。
本格的な服は今から注文すればチェックアウトまでに届くという。
ネットは便利だ。

そこで美少女が未成年者かどうかを尋ねられ、そこに思いが至らなかったのだが
身分証明書を見て驚く。彼女は22歳だという。
と、年上でしたか…。


ホテル内のコンビニで下着とお菓子を二人で買いに行った。
美少女もとい謎の美女はにこにこと笑っていた。
二人でポッキーを大量に買うことにした。
プリッツも。それとワイン。
グラスに入れてそれっぽい写真を撮ろうとしたのだ。


狭いけど眺めの良いツインルームにチェックインすると、
瑠璃は謎の美女から礼を言われた。

「お姉さんたすけてくれてありがとうございます」


よく見ると美女はヘルプマークを身につけていた。
裏面に病気についての説明書きがある。

重度ASD 自閉スペクトラム症

強いこだわりがあり、たまに癇癪を起こす傾向にあります。

その際は、声掛けしてあげてください

(※諸説あり)


「えーっと要はあなたは自閉症なのかな」

「はい」

あまりにあっさり応えるので瑠璃は同様したが、謎の美女が寒い思いをしないようにバスルームへと誘導した。
我ながら徳を積んでいる。
バイトを年明けに頑張らなくては。

交代で瑠璃もシャワーを浴び、炭酸水を飲むと尋問を再開した。
ホテルのバスタオルは柔らかい。

「さっきサンタクロースの格好していたのはなんでなの」

「あれはクリスマスをお祝いするために着ました
 最初はお家で着ていたんだけど嬉しくなって公園まで来てしまいました」


「サンタクロースのコスプレで良かったけど露出高いのだと捕まるよ」


「クリスマスをお祝いしたかったのです」


「はいはい、わかりました 祝おう」


ルームサービスのローストチキンが届くとバスローブ姿の謎の美女は歓声を上げた。
大きな七面鳥が二匹丸ごと焼かれている。
「いただきます」
むしゃむしゃと美味しそうに七面鳥を食べる美女を見て、あぁ、クリスマスなんだなと実感する。
そしてバタバタと通り抜けてきたので実感できなかったが自分の男を見る目のなさに落胆したが、
自分の判断は間違ってなかったと彼女を見て思う。
部屋備え付けのテレビをつけると外国の有名なコメディ映画が流れているので賑やかだった。
瑠璃もワインと一緒に七面鳥を堪能した。
そういえば 七面鳥なんて最後に食べたのはいつだっけ?

ポッキーをワイングラスに流し入れると、グラスのステム部分を持って部屋の窓の夜景をバックに写真を撮った。
ゴールドの長さだしネイルも相まって東京の夜景も収まった豪華な一枚になった。
インスタでバズったらこの出費もそれ相応かもしれないなぁなんてことを考えて瑠璃は
プリッツでも同じ写真を撮った。


ひとしきり食べたり飲んだりした後、二人はそれぞれのベッドで横になった。

時折身の上話をしながら朝になるのをまった。


「お姉さん、何から何まで本当にありがとう
 

わたしね、心の中で呪文を唱えて生きているんだ

辛いとき、誰にもたよれないとき 呪文を唱えるの

呪文を唱えるとすこし気が楽になるんだ
お姉さんも良かったらやってみてね」

「えーへんな呪文笑
 たしかに落ち込むことは多いけど…
 やらないよ」

「歌わなくていいの 唱えるだけ 簡単だよ」


「やんないやんない笑」


瑠璃はスマートフォンで買い物サイトで追加注文をした。
そしてユニットバスに行き、サンタの衣装の乾き具合を確認すると
美少女に明日の予定を確認した。

「明日ですか?とくになにもありません
 お姉さんは?」

「明日二人で練り歩こうよ 私失恋したんだ もうやけくそよ」




翌朝、都心のガードレール下の交差点をサンタクロースの格好をした美女二人が手を繋いで歩いていた。

よくわからないことを演歌調の歌に乗せて言いながら。


年末の忙しいサラリーマンたちは皆彼女たちを非難していたが、
彼女たちは時折道ゆく人たちと写真を撮ったりフリーハグしたりして愉快そうだった。
時々、本当に彼女たちに逆プレゼントする者もいた。
一回職質もされたが、笑顔で乗り切ったらただのコスプレと理解された。

そしてあの呪文を二人で歌った。


道ゆく大学生数人が 共感性羞恥やばい、と笑い飛ばしてきた。

瑠璃はその通りだと思ったが、そんなものこのおめでたい日にはくそくらえだと思った。


謎の美女は笑われても歌い続けていた。


瑠璃は交差点の信号待ちで祈った。


ーどうか彼女がまた噴水で一人で落ちることのありませんようにー


「青だよ!渡ろうかお姉さん」


「そうね」


「歌おう」


じーへいじょうーだーけれどもー いーきていくー
らーんららららー
いってきまーす
たたたた



都心はこれからホワイトクリスマスイヴになると、交差点の電光掲示板が予報していた。


merry Christmas.






end.



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?