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掌編小説 バルコニーのパパ 749文字

タイトル「バルコニーのパパ」

テーマ「おじさんのくしゃみ」

バジル、オレガノ、タイム、セージ、イタリアンパセリ、セイヨウハッカ。

夫の育てたハーブやスパイス、野菜などで我が家のベランダは埋め尽くされている。

もっとも、夫は『バルコニーと呼びなさい』と五月蝿いのだが…。

結婚して十年経ち、私たちの生活を豊かにしてくれている主役だ。
しかし、私たちの関係にこれといった主人公役はいない。
そのことについて周囲から尋ねられることにも慣れた。

「トマトが色濃くなってきたなー」

夫は嬉しそうにバジルと一緒に植えられている鉢に肥料の石をやった。

5畳ほどのベランダには、フローリングの続きが敷き詰められている。

タオル干しの上で白いタオルがはためいている右側。
木目テーブルのテラス席の中央。
それらを囲うように一つひとつプランターが生けられている。

「結構早く赤くなるものなんだね」

私が毎年いう言葉を夫は嬉しそうに振り返ると

「ふぇっくしょんんんん!!!」

と大きくくしゃみをひとつした。

仰々しく睨みつけると慌てて夫は取り繕ってゼラニウムの葉を切って私に渡した。
この香りが好きなのを知っているのだ。

「トマトができたら、何作ろうか?」

「敦啓が作るパスタかな。焼きトマトだと大きさが足りない」

「詩世美ちゃんの作るピザも美味しいんだよなぁ。あれはハーブが効いてて酒に合う」

「冷製パスタでも作ってみようか?それかリゾットにすればいいのかな」

「オレガノとかターメリックが合いそうだねぇ」

「いいねぇ美味しそう」

日曜の昼下がり、私たちはベランダでハーブの味見をする。
今年でお互い三十八歳、私たちに子供はいない。
夫はくしゃみを大きな音で時々する。

だがそれはいったいどんな時なのだろうか。

赤くなり始めたミドルトマトが、ベランダのそよ風に首を傾げた。

END

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