シンプルな顧客セグメント戦略を使って成果を出すための方法
Hikaru Kashidaです。
メルカリという会社で、データ分析チームのヘッドをやっています。
ここ最近は、メルカリというフリマアプリサービス全体のグロースの戦略をリードしています。
去る2018年の11月にweb担主催のカンファレンス『Web担当者ミーティングForum』にて登壇をしてきました。そちらで話した内容の概要について、こちらの記事でも文章として残して置きたいと思います。
↑ 登壇で自分の名前がヘッドラインに載ったの初めてだったので感動。
登壇のタイトルは『Simple Data Analyticsで成果を出す』としました。難しい分析の話でなく、より施策と運営に寄せた内容をテーマにしたつもりです。
具体的な内容としては、メルカリで分析を活かしてセグメント戦略の立案と運用を行った時の話になります。顧客セグメンテーションを使って売上を上げたいマーケターやプランナー、アナリストの人にとっては参考になれば幸いです。
記事を読んだ方から嬉しいコメントいっぱい頂いています〜
登壇資料の公開について
このときの登壇資料自体は、Speakerdeckにてすでに全篇公開されています。フルで講演内容を見たい方はこちらを御覧ください。
こちらの記事はいくつかのKey Slidesを抜粋して、当日壇上で話した内容 + 独自の解説を付けたサマリーとなります。
それでは講演の内容と解説に入っていきたいと思います。
※ なお、当日の様子はこちらで記事にもしていただいています。
※ 全てのスライドは解説していません。キースライドだけです。要望があれば都度加筆はしていきたいと考えています。
登壇者紹介
登壇者(樫田)の簡単なプロフィールはこんな感じです。
登壇者について & 何についての話か
僕がメルカリにはいったのは2016年のことです。
最初の1年ほどは主にUS事業の分析や戦略策定を担当していました。その後2017年からは一貫してメルカリの日本事業の成長(Growth)に関わる分野を担当しています
この講演では日本事業、その中でも特に顧客のセグメント戦略についての話をしました。ご存知の方かも多いかもしれませんが、メルカリの日本事業は国内フリマアプリとしてトップシェアで、なお成長を続けている、株式会社メルカリの主力事業になります。
メルカリのセグメント戦略の変遷
メルカリのCRMはいま、Phase 3.0だと考えています。
僕がメルカリの日本事業を担当するようになって、CRM1.0の戦略を考え始めたのがちょうどこの講演の1年ほど前。そこから1年での1.0/2.0を経て、いまでは3.0といえるまでの進化をしてきました。
今回メインでお話するのはこの最初のステップ、つまり『CRM1.0』を始めるにあたって気をつけることと実際にやったことのお話です。
僕たちのケースではここで顧客を3つのsegmentに分類してCRM(的なもの)をはじめました。ここで最も意識したことは"simpleにする"、この一言に付きます。
なぜsimpleが大事か?それはこのスライドの3つの要素に凝縮されます。
要は、simpleにすることを心がけないと
・そもそも施策を始めることができない
・始めたとしても複雑過ぎて頓挫する
と言った憂き目にあうからです。
そのために、この2つを心がけてください。
一つは "Simple is better than Accurate" つまり、正確性を追うのではなく単純でもいいので、Simpleなモデルからとにかく何かをはじめてみるという努力をすることです。
ひとは『できるなら正確に』『もっと細く世界を記述したい』という(悪意のない)想いから、ものごとを複雑に複雑に捉える傾向があります。
これはさきほどのスライドの3重苦を生み出す原因になります。
物事をSimpleに捉えるには勇気がいります。それは物事を正確に記述する場合に比べて『必ず何かを捨てる』ことになるからです。
多くの人は、『捨てる』勇気を持てずに物事を複雑なままに留めることでお茶を濁そうとします。勇気を持ってください。事業を効率的に動かすためには、誰かが物事をSimpleにするための努力をしなければいけません。
そして心配しないでください。Simpleにした物事を後から複雑化することは不可能ではありません。
Start with simple.Sophisticate later. と考えて良いのです。
蛇足かもしれないが、"simple is better than accurate" というフレーズは、Facebookの社内のスローガンのひとつ、"done is better than perfect"を意識していることはお伝えしておく。
Simple Segmentを作るための4step
まず行うことの0番目は、これです。
どう誓うかは、こちらのnote記事を御覧ください。
過去の偉人たちが、『シンプルであることの大事さ』を説いてくれる名言をひたすら並べています。
さて、心の準備ができたら次のステップに移っていきます。
step1. セグメントの軸の仮説を考える
まずは、社内にある『ユーザとどう分解するのがよさそうか』という仮説を集めましょう。これは色んな人に雑多に意見を出してもらって構いません。
むしろいろんな人の意見を聞くべきでしょう。既に十分なデータ分析が行われている場合でも、いろんな角度の意見を取り入れることが重要です。
ここは議論で言うところの『発散』のフェーズです。
ただ、いろんな意見をまとめる作業は、データ分析を実際に行える人がするのがよいでしょう。特に、沢山ある仮説の中から、セグメントを作るための『軸』を選定する場合には、下記のような現実的な問題を考慮する必要があります。
これらを考慮することができない人に軸の選定を任せると、非常に厄介なことになります。
最終的には2つから多くても3つの軸を選定しましょう。この段階ではまだ仮説的な分解軸でも構わないです。可能なら最低限の簡単な分析はしてみてもよいでしょう。
step2. 目に見える形に落として話す準備をする
分析をして仮説のフレームができたら、さらにそのフレームの中にプラスアルファで考慮したほうが良いかもしれない要素やセグメンテーションの可能性を書き込んでいき、図示します。
ここで図示化がはかどらないようであれば、次の可能性が高いです。
・もともとの仮説が複雑過ぎた
・あなたが顧客の特性を十分に理解していない
・あなたが事業のドライバーを十分に理解していない
ちゃんとわかりやすく図示化してどのようなセグメントの分解構造を考えているのかを、誰が見てもパッと理解できるような形に落とし込みましょう。
資料は作るのが好きな人と好きでない人が分かれるかもしれませんが、これはとても大事なステップです。
資料を作るのが嫌いな人は、誰か作ってくれる人にお願いしましょう。いずれにせよ、他者がみてコンセプトがわかる資料がないと話になりません。
はっきりいいますが、これ無しでも周囲は理解してくれるはずだ、などと考えている人は自身の脳味噌を入れ替える必要があります。
step3. まとめる
step2で作った図を元に、『分析 + 担当者とのディスカッション』を通して最終的にシンプルなセグメントに絞り込んでいくことを行います。
ここでは簡単な分析が必要になりますが、決して高度な分析スキルが必要なものではないと思います。具体的には、下記にあるように各顧客群の『人数ボリューム』『過去の施策反応率』『基礎的なKPI』などが算出できれば十分です。
もしここでの分析があまりに複雑だと感じる場合、セグメントの切り方が過度に複雑怪奇なものになっていないか、その可能性を疑いましょう。
『過去の施策反応率』に関しては、幸いなことに昔打った施策のデータが有れば、それを"このセグメントに割って見ていたらどうなったか" という観点で分析することができます。
たとえば、僕は以前に打ったPush通知の反応率を、それらの顧客が『今回考えたどのセグメントに当てはまる顧客だったか』をラベリングして分析することで、各セグメントごとの通知に対する反応の違いを知ることができました。
あとは、この分析からの定量的な知見を、Step2の図に足して、あーだこーだと施策担当者たちと話し合うことで最終的なセグメントにたどり着くことができました。
あまりにシンプルで、あとから見た人はわざわざ分析や話し合いのプロセスなどを経ずともこのセグメントは作れたのではないか、といいたくなるほどですね!
しかし、そのプロセスによってこの結果を得たことに意味があるのだと思います。周囲の納得性や、分析を通したセグメントの正当さに対する確信度、分析で得た知見などがあとあと効いてくるからです。
セグメントを使って何に活かすか
つぎに、策定したセグメントを活用してどのようなことをやっていったのかを説明します。当然ですが、セグメントを作ること自体にはなんの意味もありません。
それによって事業に良い影響を及ぼすことができなければ、どんな戦略もまるで無意味であることは、強く心に留めておくべきでしょう。
ここで、『事業に対する良い影響』とはなにか、を考える必要があるとは思います。これは多くの要素があるとは思いますが、
・より早いPDCA => より多くの施策
・より正確な判断
・より強いチームの一体感
・より効果的な施策の実施
etc.
などの要素が特に重要かと思います。実はセグメント戦略をキチンと作ると、この全ての要素に良い影響を及ぼすことが可能です。
ここでは、特にわかりやすい例としてこの3つを挙げて説明してみます。
KPIの分離
まず第一に、セグメントごとに重視するKPIを分けて設定することで、施策の効果に対してよりフェアで本質的な判断をできる可能性が高まります。
例えば、全体向けに統一的な施策などでは売上などわかりやすいKPIが重視されがちですが、そうなると新規ユーザを獲得することには目が向きづらく短期的には売上が上がっても新規の流入が伸び悩んで中長期的な成長の阻害要因になる可能性があります。
セグメントを明確に分けて新規顧客は切り離し、『売上』ではないKPIを個別に立てて追うことで、新規顧客獲得が疎かにされるのを防ぐことができます。
おそらく、『新規獲得が大事なんて当たり前』『セグメントを切るまでもなく疎かになんかしない』という声もあるかもしれません。しかし果たして本当にそう言い切れるでしょうか?ある程度既存ユーザが積み上がって、売上の拡大を貪欲に追っているグロースにフェーズでは新規獲得の優先順位が落ちるケースも散見されます。
工数が足りないなどで新規顧客セグメントに対して直近では何か具体的に手を打てないとしても、『新規顧客の獲得数』を重要なKPIとしてモニタリングすることが担保されていれば、異変に気づいたり危機感を持ち続けることが可能になりやすくなります。
施策の分離
そしてふたつめに、各セグメントに個別に施策を打つ事が可能な場合にはこのKPIの分離が大きな意味を持ちます。
個別にKPIが決まっていることで、それぞれのセグメントを攻略するのに固有な、エッジの効いた施策を創案すること・打ち込むことが可能になります。
たとえば、新規獲得は中長期的なLTVの伸びを見込んで、獲得から短期では回収できないレベルのコストを投下するような意思決定もできるようになるでしょう。また、アプリから離脱気味のユーザには外部広告やメールなど、アプリ外でのコミュニケーションを厚く持つなどの策を思いつくこともできるかもしれません。
目標数値の分離と積み上げ
最後に、みっつめとしてセグメントごとに目標数字(例えばユーザ数)を立て、それの積み上げとして全体の目標を作成することで、より精緻で柔軟で意味のある目標計画を立てることが可能になります。
たとえば、先程作った3種類のセグメントの考え方を活かすと、次のように月間のユーザを分離して考えることができます
10月のユーザ数が100とした場合、そこから11月に継続するユーザ継続率が決まれば11月の『Keepセグメント』のユーザ数は自動的に決まることになります。
また、Brandnew(新規ユーザ)の数は、予算の大小含めた、マーケティング施策の強弱によって大幅に変わることになります。逆に言えば11月のBNユーザの数は前月までの10月までのユーザ数の状況に一切影響を受けず、独立に決まることになります。マーケの施策やCPA目標を織り込んだ上で、目標値をKeepやComebackセグメントとは独立に決めると良いでしょう。
また、11月のComebackは『過去に使ったことあるが、10月には使っていない』ユーザが母集団になることになります。そこからどの程度の率でユーザを復帰させるかを目標として、ユーザ数を決めることができるでしょう。
これを毎月ローリングしていけば、Nヶ月先の目標計画を無理のないやり方で自動的につくる事ができます
下のスライドに、セグメント別のサムアップ(積み上げ)として目標を立てる場合のメリットを3つまとめてみました。
セグメント戦略を適切に策定すれば、この状況を担保しつつ全体の目標(この場合はユーザ数)を決めることができます。
これとは逆に、セグメントの切り分けが無く、全体のユーザを一括りにしたままで目標値を決めるやり方では、精度と有用さが大きく変わってきます。
またここまでで見たとおり、この戦略では
・セグメントごとのKPI
・セグメントごとの目標数値
・セグメントごとの施策投入
と言ったように、各セグメントごとのグロースのための運用を限りなく疎に近いものに分解することができます(実際は完全に疎ではないですし、疎にすべきでもなく一定の連動はさせるべきですが)。
これは、全ユーザを一つの大きな集団と捉えている場合とは全く状況が異なります。必要であれば、セグメントごとにある程度担当者を分けて独立に責任をもたせて運用することも可能になるからです。
このようにグロースの全体像を、完全にmonolithicなものからsegmentedなかたちに分解することで、各責任者に権限をもたせ、グロースのドライバーと責任とリソースを上手に分散することができます。これは組織と事業がスケールしていく場合には非常に強力な武器となってくれるでしょう。
終わりに
元のスライドの分量が多く、全てのスライドを解説するのが難しかったので抜粋してお伝えしましたが、徐々に加筆をできればとは思っています。
これを読んで、世の中にシンプルで使いやすく成果を上げることのできるセグメント戦略がひとつでも多く生まれるきっかけとなれば幸いです。
読んでくださってありがとうございます。
次の記事でまたお会いしましょう。
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