
弾痕【ショートショート】
古びたバーの壁に、ぽつんと開いた弾痕がある。誰が撃ったのか、いつのものなのか、誰も知らない。ただ、マスターはそれを指でなぞりながら、毎晩カウンターの向こうでグラスを磨いている。
「撃ったのは俺かもしれねぇし、違うかもしれねぇ」
そう言って笑うマスターの目は、まるで弾痕そのもののように深く、暗い。
ある晩、ふらりと入ってきた男が、その弾痕をじっと見つめた。スーツの胸元を押さえ、うっすらと血がにじんでいる。
「ここは……昔のままだな」
かすれた声でつぶやくと、彼は弾痕の真下の席に腰を下ろした。
マスターは黙ってウイスキーを注ぐ。その手は少し震えていた。
やがて男はグラスを空けると、微笑んだ。
「俺が撃ったのか、撃たれたのか……もう、わからねぇよ」
弾痕は静かにそこにある。今までも、そしてこれからも。