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「双子のきょうだい」仏シャンパーニュの牙城に挑む英スパークリングワインの実力

英国産スパークリングワインの評判がうなぎ上りです。その品質は、高級スパークリングワイン市場で絶対王者に君臨するフランスのシャンパーニュに匹敵するとの声もあります。高評価の理由はどこにあるのでしょうか。英国産スパークリングワインの実像に迫ります。

先日、皇居のすぐ近くにある駐日英国大使館で、英国産スパークリングワインのセミナー兼試飲会が開かれました。

セミナーの冒頭であいさつしたジュリア・ロングボトム駐日英国大使は「英国のワイン産業はここ10年、国際的に大きな成功を収めています」と強調。成功の理由として、「ワイン造りに最適な気候と土壌」、「11世紀にまでさかのぼるワイン造りの歴史と最新技術との融合」を挙げました。

しかし、英国の気候は最近まで、けっしてワイン造りに適しているとは言えませんでした。ワイナリーが集積する英南東部の緯度は北緯約50~51度。北海道の最北端、稚内市の宗谷岬が北緯45度。英国のワイン産地がいかに北に位置するかわかります。

4月のブドウ畑の様子(「ラスフィニー」の畑、筆者撮影)

地形や海流などの影響にもよりますが、北半球でワイン用ブドウの栽培に適した地域は北緯30~50度の間とされてきました。50度より北だと寒すぎてブドウがよく熟さないからです。

ところが近年、50度より北の地域でワイン産業が勃興しつつあります。最大の要因は気候変動です。地球温暖化で、北緯50度より北でもブドウが熟すようになってきたのです。この自然環境の変化が、英国のワイン生産、特にスパークリングワインの生産に大きな恩恵をもたらしました。

ではなぜ、スティルワインではなくスパークリングワインなのでしょうか。

一般に、高級スパークリングワインの生産は温暖な気候よりも冷涼な気候のほうが適しています。

まず、冷涼な産地のブドウは酸が豊富です。この豊富な酸が、ワインにキリっとした爽快感やフレッシュ感を与えてくれます。

また、冷涼な産地のブドウは糖分が少なく、発酵させてもアルコール度数があまり上がりません。これも爽快感やフレッシュ感につながります。

かくして、温暖化によって寒すぎず暑すぎずの気候になった英南東部は、まさに高級スパークリングワインの生産にうってつけの産地となったのです。

「ブラックチョーク」は小規模な生産者ながら評価が高い(現地で、筆者撮影)

ちなみに、シャンパーニュを産出するフランスのシャンパーニュ地方は北緯約49度。同じく冷涼な産地に属します。シャンパーニュ地方も以前は今よりさらに冷涼で、ブドウがよく熟さない年がたくさんありました。

しかし、ブドウの出来がよくない年でも生活のためにはワインを造って売らなければなりません。そこで生産者が編み出したのが、比較的よい年に醸造したワインの一部を樽で保存し、出来の悪い年のワインに混ぜて味を調整するという手法でした。ボトルに生産年が入っていない「ノンヴィンテージ」の誕生です。

また、気泡はブドウの未熟さからくる味わいの欠点を上手に覆い隠すことができます。これも冷涼なシャンパーニュ地方がスパークリングワインに特化した理由です。

しかし、シャンパーニュ地方も同様に温暖化の恩恵を受けていて、近年は毎年のようにブドウがよく熟すようになりました。そのため、生産年をボトルに入れたヴィンテージ・シャンパーニュが増えているほか、「ルイ・ロデレール」など、スティルワインの本格生産に乗り出す生産者も出てきました。

話を英国に戻します。温暖化以外にもう一つ、英国産スパークリングワインが高品質の理由があります。土壌です。

シャンパーニュのおいしさの秘密の一つは、チョーク質の土壌にあるとされています。チョークは海の生物の死骸が堆積してできたライムストーン(石灰岩)の一種ですが、ライムストーンより柔らかいので、ブドウが深く根を張ることができます。それによって多様なミネラルを吸収し、ワインの味わいにも影響を与えると考えられています。(この仮説を否定する専門家もいます)

実は英南東部には、このチョーク質の土壌が広く分布しています。それもそのはず、英南東部とシャンパーニュ地方は太古の昔、地続きだったのです。

「つまりシャンパーニュと英国のスパークリングワインは双子のきょうだいみたいなもの」。こう話すのは、英国のスパークリングワイン・メーカー「ラスフィニー」のオーナー、マーク・ドライバーさんです。

「ラスフィニー」のマーク・ドライバーさん(現地で、筆者撮影)

筆者は今年4月、英国を訪れ、スパークリングワインの生産者を何軒か取材して回りました。その一つがラスフィニーでした。ドライバーさんと一緒にブドウ畑の中を歩くと、ところどころ、白い石ころが緑の草の間から顔をのぞかせていました。「これがチョークです」とドライバーさんが手に取って教えてくれました。

温暖化と土壌、この二つの要因で、英国のスパークリングワインの品質はぐんぐん向上し、ロングボトム大使が指摘するように国際的な評価も急速に高まっているのです。

米国の有力紙ワシントン・ポストはつい先日、英スパークリングワインの特集記事を掲載し、その中でこう書いています。

「ちょっと前までは、酒好きのフランス人に英国産スパークリングワインを勧めたら、冗談でしょうと一笑に付されたかもしれない。しかし今や、英国産スパークリングワインはブラインドテイスティングで常時、シャンパーニュと優劣を競い合い、時には勝利すらするようになった」

高級スパークリングワインのポートフォリオを増やしたい「テタンジェ」など、大手シャンパーニュ・メーカーが英南東部に生産拠点を構え、スパークリングワインの生産に乗り出す動きも出始めています。これは、シャンパーニュの生産者が英国産スパークリングワインの実力と将来性を高く評価している証拠です。

「ハンブルドン」のスパークリングワイン。特にロゼはおすすめ(現地で、筆者撮影)

日本では、英国産スパークリングワインの存在は、一般にはまだほとんど知られていません。しかし実は、日本はすでに英国産スパークリングワインの一大輸入国になっているのです。

英国ワインのプロモーション機関「ワインGB」の関係者は、英国大使館でのセミナーで、英国産ワイン(そのほとんどはスパークリングワイン)にとって日本市場の重要性は年々増しており、昨年はついに、ノルウェーに次ぐ世界2位のマーケットになったと明らかにしました。

間もなくクリスマスのシーズンですが、今年は英国産スパークリングワインでクリスマスを祝ってはいかがでしょうか。

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