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ワイン党はハリス氏を支持? アメリカ大統領選とワイン

アメリカは4年に一度の大統領選の真っただ中。次期大統領に誰がなるかは世界の関心事だけに、日本のメディアも民主党カマラ・ハリス、共和党ドナルド・トランプ両候補の戦いぶりを、ああだこうだと伝えています。

大統領選でカギを握るのが州ごとの勝敗。アメリカのメディアはよく、どの州でどちらの候補が勝利しそうかをわかりやすく見せるため、各州を色分けした地図を使います。

民主党の候補が優勢なら民主党のシンボルカラーの青、共和党の候補が優勢なら共和党のシンボルカラーの赤で、州を染めます(アメリカは二大政党制なので、原則、民主党か共和党かの二者択一。したがって色も、青、赤の二色しかありません)。

青と赤に染め上げられたアメリカの地図を眺めていて、あることに気づきました。青で染まった州の多くは、ワインの主要生産州だということです。

例えば、青く染められた州には、西海岸のカリフォルニア、ワシントン、オレゴン、東海岸のニューヨークなどがあります。ワインの生産量で言うと、カリフォルニアは断トツの1位。ワシントンは2位、オレゴンは4位、ニューヨークは3位です(ペンシルベニアを4位としている統計もあります)。

カリフォルニア州のブドウ畑(筆者撮影)

これらの州はリベラル派の有権者が多く、大統領選では必ず民主党の候補者が勝利します。このため「ブルー・ステート」(青い州)と呼ばれています(ペンシルベニアは必ずしもブルー・ステートではありません)。

逆に、共和党の候補者が必ず勝つ州は「レッド・ステート」(赤い州)と呼ばれています。代表は南部のテキサスやルイジアナ、中西部のサウスダコタ、ノースダコタ、ワイオミングなどで、保守派の有権者が多数派を占めています。

南部のフロリダは、以前は赤、青どちらともつかない「スイング・ステート」(接戦州)でしたが、最近は共和党の支持者が増えてレッド・ステートの仲間入りをしました。

レッド・ステートでもワインは生産されています。しかし、先ほど挙げたブルー・ステートと比べると、いずれも生産量は微々たるもので、ワイン生産州と呼ぶには至りません。

共和党支持者は不法移民問題への関心が高い(アリゾナ州で、筆者撮影)

ただ、州の生産量だけをもって、「だからワイン好きはリベラル派、民主党支持者が多い」と断じるのは早計です。生産と消費は違うからです。そこで、各州の一人当たりのワイン消費量を調べてみました。

あたったのは、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の一部門、国立アルコール乱用・依存症研究所(NIAAA)のデータ。NIAAAが2023年4月に公表した報告書に、州ごとの一人当たりのワイン消費量が出ていました。

非常に興味深い事実がわかりました。

一人当たり消費量の1位から5位は順にワシントンDC、デラウエア、ニューハンプシャー、バーモント、オレゴン(ワシントンDCは厳密には州ではありませんが、統計などでは州と同等に扱われます)。ブルー・ステートの独占状態です。

6位から10位は順にカリフォルニア、ハワイ、マサチューセッツ、ネバダ、フロリダ。9位のネバダはスイング・ステート、10位のフロリダは先ほど述べたように最近レッド・ステートとなりましたが、6位から8位は真っ青なブルー・ステートです。

では、一人当たり消費量が少ない州はどこでしょうか。最下位の51位はウエスト・バージニア。以下、少ない順にカンザス、ユタ、オクラホマ、サウスダコタ、ネブラスカ、ミシシッピ、ケンタッキー、アイオワ、サウス・カロライナ。下位10州は見事に真っ赤です。

ブルー・ステートはワインツーリズムも盛ん(カリフォルニア州で、筆者撮影)

ワインの消費量がブルー・ステートとレッド・ステートではっきり分かれるのはなぜでしょうか。

おそらく宗教に関係していると考えられます。

フランス文化などが専門でワインにも詳しい福田育弘・早稲田大学教授の著書『自然派ワインを求めて』の中には、「アルコールへの禁忌が強いプロテスタントの国の人びと、たとえばアメリカ人」という表現が出てきます。

パンはキリストの身体、ワインはキリストの血を象徴していると言われるように、キリスト教とワインは切っても切り離せない関係です。しかし、同じキリスト教でも、プロテスタントは飲酒を厳しく戒める宗派もあるなど飲酒には総じて厳格です。アメリカの禁酒法の歴史は、まさにそれを物語っています。

そうしたアルコールを禁忌する敬虔なプロテスタントが特に多く住むのがレッド・ステートです。だからレッド・ステートでは一人当たりのワイン消費量が少ないのだと推測されます。

逆に、ブルー・ステート、とりわけ都市部にはカトリック教徒や非キリスト教徒も多く住み、プロテスタントの文化的影響力は弱まります。加えて、リベラル派は同じキリスト教徒でも、保守派ほど宗教を日常生活に持ち込みません。

アメリカではワインの消費と宗教は密接に関係している(ニューメキシコ州の教会、筆者撮影)

独立系調査機関ピュー・リサーチ・センターの調べによると、月1回以上、礼拝に行くと答えた有権者は、共和党支持者が62%だったのに対し、民主党支持者では34%にとどまっています。だから、ブルー・ステートでは宗教上の理由から飲酒を慎もうと考える人はそれほど多くなく、結果的にワインの消費量が多いと考えられます。

ただ、宗教を理由にすると、この図式は別にワインに限らずお酒全般に当てはまるのではないかという疑問もわいてきます。

そこで、NIAAAの報告書にビールとスピリッツ(蒸留酒)のデータが出ていたので、各一人当たり消費量上位10州を抜き出してみました。

ビールは1位から順に、ニューハンプシャー、モンタナ、バーモント、ノースダコタ、ペンシルベニア、サウスダコタ、メーン、ネバダ、ハワイ、アイオワ、ルイジアナ、テキサス(最後の3州は同率10位)。じつに半分の6州がレッド・ステート。プラス、スイング・ステートも2州あります。

スピリッツは、デラウエア、ワシントンDC、ニューハンプシャー、ネバダ、ウィスコンシン、ロードアイランド、ノースダコタ、ワイオミング、コロラド、ミネソタの順。こちらもレッド・ステートが3州、スイング・ステートが1州入っています。

(報告書は、ニューハンプシャーやデラウエアが上位に来ているのは、消費税がなく安く買えるために近隣の州の住民も購入している可能性がある、また、ネバダなど有名な観光地を抱える州は観光客による消費も含まれている可能性があると注釈をつけています)

ロサンゼルス市内で選挙遊説する民主党のバラク・オバマ氏(2008年、筆者撮影)

別の調査を見てみましょう。調査会社ギャラップが有権者に何のお酒が一番好きか聞いたところ、民主党支持者の中ではワインと答えた人が一番多く37%。リカー(蒸留酒)が31%、ビールが30%でした。共和党支持者の中ではビールが一番多く39%。ワインが31%、リカーが28%でした。調査は2019年7月。

これらのデータを見ると、やはりワイン党はハリス副大統領に投票する可能性がより高いと言えるのではないでしょうか。ただ、なぜリベラル派が保守派よりワインを好む傾向が強いのかは謎です。

ひょっとしたら、リベラル派のライフスタイル、価値観などがワインの持つイメージとぴったりくるのかもしれません。

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