見出し画像

辛口ワイン人気いつまで アジアの台頭でちょい甘ブーム到来の予感

昔、ワインは甘口でした。かのシャンパーニュも19世紀までは甘口だったと言われています。日本でも甘い葡萄酒がよく飲まれていました。ところが20世紀に入ると、辛口ワインの人気がじわじわと広がり、今やワインと言えば辛口が相場に。しかし、万物流転するという言葉があります。実際、変化の兆しも見え始めています。辛口ワイン人気はいつまで続くのか。世界のワイン市場に起きている変化を踏まえ、占ってみました。

インド料理とペアリング

先日、東京・銀座のインド料理店「Spice Lab Tokyo」で、インド料理にドイツワインを合わせるという一風変わった試飲試食付きメディアセミナーが開かれました。変わったと言ったのは、ワインは一般に香辛料をふんだんに使ったスパイシーな料理とは合わないとされているからです。

同店は「日本人が持つ『インド料理』の概念を覆すモダン・インディアン・キュイジーヌ」を謳う通り、料理は見た目、全然インド料理っぽくありません。が、食べると本場のインド料理のようにスパイスの刺激的な香味が口の中で爆発し、突然「踊るマハラジャ」の音楽が頭の中にこだまします。

セミナーの主催者はドイツワインの公的プロモーション機関「Wines of Germany」。講師役は「パレスホテル東京グランドキッチン」のチーフソムリエ、瀧田昌孝氏。グラスに注がれたワインは泡1種類、白3種類、赤1種類、ロゼ1種類の計6種類。これを瀧田氏の講義を聴きながら、順番に各料理と合わせていきました。

試飲した中でこの日の料理と一番相性がよいと個人的に思ったのは、4番目に注がれたリースリング。合わせた南インドのスープ「ラッサム」は、カルダモンやアジョワンなどのスパイスがよく効いていて特にスパイシーでしたが、リースリングの甘みがスパイスの辛さをほどよく中和し、味わいの相乗効果をもたらしていました。

残糖を感じるドイツの白ワイン

残糖がスパイスを優しく包み込む

5番目の料理「タンドリー・ラムチョップ」に合わせて注がれたのは、シュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)でしたが、こっそりリースリングも合わせてみました。すると、やはり非常によく合いました。

試飲した6種類のワインは味わいで分類すれば、いずれも辛口(一般に辛口の定義はありません。感覚的なものです)。試飲したリースリングも強いて分類すれば辛口でした。しかし、残糖量が17.8g/Lと非常に多く、辛口ながらも微妙な甘みを舌の上や余韻で感じました。

リースリングは品種の特徴として酸が豊富で、残糖量が多くてもそれが豊富な酸で打ち消されるので、甘みがあまり目立ちません。むしろ、酸がただ多いだけだと飲んだときに酸っぱすぎるので、それを中和するため、発酵を調整して意図的に残糖量を高めにするのが普通です。この残糖が、いざスパイシーな料理と対峙したときに辛さを優しく包み込み、得も言われぬハーモニーを奏でます。

自分の感覚を確かめるため、スパイシーな味わいの料理にはどんなタイプのワインが合わせやすいのか瀧田氏に質問してみました。瀧田氏の答えは、ジューシーな味わいのロゼワイン、土着系品種から造るオレンジワイン、そしてリースリングやゲヴュルツトラミネールなど残糖を感じる白ワイン。理由は「スパイスをマスキングしてくれるから」

タイカレーにはよくココナッツミルクが入っていますが、これもやはりミルクの甘さが激辛な味わいをほどよくマイルドな味わいにする効果があるからです。

「飲む福神漬け」

実は2年ほど前にも似た経験をしました。老舗西洋料理レストラン「資生堂パーラー」の看板メニュー、カレーライスにどんなワインが合うのか取材したときです。

「資生堂パーラー ザ・ハラジュク」のソムリエ、本多康志さん(現在は退職)が勧めてくれたのは、イタリアのエミリア・ロマーニャ州で造られるやや甘口の微発泡性赤ワイン「ランブルスコ」。スパイスの刺激が舌の上にまだ強く残るうちにワインを少し口に含むと、刺激が瞬時にまろやかな味わいに。かといって、カレーの風味とワインの風味が互いを完全に消し合うことはなく、むしろ両者が混然一体となって、長い余韻を醸し出しました。

その余韻を楽しみながら、この感じは何かに似ていると思いました。そう、福神漬けです。カレーと合わせたときのランブルスコの適度な甘みと酸味が、福神漬けの甘酸っぱさとそっくり。そう感想を伝えると、本多さんは「実はお客様にも、これは『飲む福神漬け』ですと言ってお勧めしています」と話してくれました。

「資生堂パーラー ザ・ハラジュク」のビーフカレーライスとランブルスコ


辛口ワインの人気が世界的に高まったのは20世紀以降、とりわけ20世紀後半以降です。例えば、ドイツでは1980年ごろまで安価なやや甘口の白ワインが非常によく飲まれ、海外でもドイツワインの全輸出量の6割を占めるほどの人気でした。ところが安価なやや甘口ワインの人気は80年代以降、突然失速。辛口ワインが売れ始めたからです。

シャンパーニュなどスパークリングワインの世界でも近年、瓶詰め時に糖分を添加しない超辛口の人気が高まっています。

料理=西洋料理

辛口ワインの人気が高まった理由の一つは「辛口のほうが料理に合う」という理屈でした。確かに、料理には一般に甘口より辛口のほうが合わせやすいのは事実。しかし、辛口推しの人たちの多くが頭に浮かべた料理は、おそらく塩コショウで味付けしたり、酸味の効いたトマトソースをベースにしたり、こってりとしたバターソースを使ったりして仕上げる西洋料理だったはずです(例えば、トマトソースには酸味のしっかりした辛口ワイン、バターソースには口の中をすっきりとさせてくれるタンニンを含んだ辛口ワインが合います)。

彼らの頭の中には、今や生産国としても消費国としても世界有数のワイン大国への階段を上りつつある中国や、世界最大の人口を抱えワイン人口も増えているインド、生活水準の向上でワイン文化が黎明期を迎えているタイやベトナムといった東南アジアの国々で食される独特の香辛料の効いた料理は、なかったに違いありません。

昨夏、北イタリアの高級ワイン産地アルトアディジェを取材で訪ねたとき、あるワイナリーで試飲していたら、最後に、実験的に造ったというやや甘口の白ワインが出てきました。意外だったので理由を聞くと、「このあたりで今、インド料理が流行っており、インド料理にはやや甘口のワインが合わせやすいから」と答えてくれました。

中国でドイツワインの人気が急上昇

中国では今、ドイツワインの人気が急上昇しています。国別(中国を除く)でみると、2016年は11位でしたが22年には7位にランクアップ。この間、輸入額は58%も増加。上位12か国の中では最大の伸び率です。

Wines of Germanyの関係者は「中国でドイツワインのプロモーションをすると、やや甘口の白ワインがこれまでも人気上位を占めてきました。(スパイシーな)中華料理とマッチするのでしょう」と分析しています。

もっとも、ドイツワインの関係者は、やや甘口の白ワインが密かに人気であることをあまり声高らかには言いません。世界的に辛口ワインの人気が高まるなか、ドイツ自身も辛口ワインの輸出に力を入れており、「ドイツワイン=やや甘口ワイン」というイメージを何とか払拭しようと必死だからです。

ワイン文化は今やヨーロッパのものだけではありません。日本や中国、他のアジア諸国、さらにはアフリカの国などでも、独自のワイン文化が萌芽、発展、定着しつつあります。国によって人々の嗜好も違えば、合わせる料理も違ってきます。それらの国や地域でワインがより飲まれるようになったとき、「昔はワインと言えば辛口だったのよ」といった会話が、もしかしたら世界のどこかの街角から聞こえてくるかもしれません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?