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ナチュラルワインはなぜZ世代のハートを掴み、そしてアンチを生んだのか? 世界的権威に聞く(上)


ナチュラルワインが世界的に人気です。人気を支えているのがZ世代や、その上のミレニアル世代を中心とする若い層。一方、「アンチ」が多いのもナチュラルワインの特徴です。ナチュラルワインの魅力とは何か、なぜ若者のハートを掴んだのか、そしてなぜアンチが多いのか。ワインの世界的権威マスター・オブ・ワイン(MW)のイザベル・レジュロンさんに聞きました。上下2回に分けてお伝えします。

レジュロンさんは2009年、フランス人女性としては初めて、ワイン資格の最難関とも言われるMWを取得しました。早くからナチュラルワインの可能性に注目し、2012年、ナチュラルワインのコミュニティーサイト「RAW WINE(ロウワイン)」を創設。以後、同名のイベントを毎年、ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、ロサンゼルスなどで開くなど、ナチュラルワインの“市民権”獲得に向け尽力しています。

この間に出版した著書『Natural Wine: An introduction to organic and biodynamic wines made naturally』(邦題は『自然派ワイン入門』)は、日本語のほか中国語や韓国語、ドイツ語、ポーランド語など約10か国語に翻訳。そんなレジュロンさんを「ナチュラルワイン・ムーブメントの旗手」と表現する業界誌もあります。

今年5月には東京で「RAW WINE TOKYO 2024」を開きました。アジアでの同イベントの開催は初めてで、日本を含む世界各国から200以上の生産者が出展、2日間で延べ約1600人の業界関係者や愛好家が来場しました。

イベントを機に来日したレジュロンさんに独占インタビューしました。以下はインタビューの要約です。


イザベル・レジュロンさん

――そもそもナチュラルワインには統一された定義がなく、なかなかイメージしにくい面もあります。レジュロンさんはナチュラルワインをどう定義しますか。

レジュロン 一言で表現すれば「生きているワイン」です。では、生きているワインとはどんなワインか。それはまず、ブドウが有機栽培(注1)であること。これが一番重要です。なぜなら、ナチュラルワインの製造の90%は畑で行われるからです。

ナチュラルワインの人気が広がったことで、逆にナチュラルワインという言葉があいまいに使われるようになりました。有機ブドウを使っていないのに、それらしきワインをナチュラルワインと呼ぶ人たちもいます。しかし、それらは私から言わせるとナチュラルワインではありません。

次に、醸造は何も加えず、何も取り除かないこと(注2)。100%ブドウジュース、それがナチュラルワインです。

厳密に言えば、ナチュラルワインは二酸化硫黄(SO2)も添加しません。しかし、SO2に関しては、私は教条主義者になろうとは思いません。

ワイン造りは失敗することもあります。特にナチュラルワインは若手の生産者が多くワイン造りの経験が浅い分、うまくいかないことも多い。そんなときにSO2を使わないことに固執すれば、せっかく作ったワインが売れず、ビジネスとして立ち行かなくなります。これでは全然サステナブルではりません。

だから、RAW WINEのイベントでは生産者を、SO2をまったく使わない生産者と、SO2を瓶詰め前に少量添加している生産者とに分けています。分けるのはワインの商品としての透明性を高めるため。そのほうが消費者に親切です(注3)。

5月に開かれた「RAW WINE TOKYO 2024」

――ナチュラルワインは世界的ブームと言われています。レジュロンさんはどう見ていますか。

レジュロン 20年くらい前は、ナチュラルワインはせいぜいパリで見かける程度でした。あとは、たまにパリ以外のフランスの都市のバーや、イタリアで出くわすぐらい。しかし今は、東欧でもアメリカでもアジアでも、どこでもナチュラルワインを飲むことができます。

生産者も増え輸出も急増しています。年間生産本数が5万本くらいの小規模な生産者でもインポーター25社と取引しているところがあります。つまり25か国に輸出しているということです。それくらい今は需要が旺盛です。

新型コロナのパンデミックの時は家飲み需要が増えてナチュラルワインの売上高も大きく伸びました。今はかなり落ち着いてきて、中には販売で苦戦を強いられる生産者もいます。ただ、ワイン全体の消費量が世界的に落ちていることを鑑みれば、ナチュラルワインは、ワイン市場に占めるシェアは依然、微々たるものですが、健闘していると言えます。

――特に若い世代に人気とよく聞きます。本当でしょうか。もし本当なら、なぜでしょうか。

レジュロン RAW WINEのイベントは年間、東京も入れると世界8都市で開いています。どの会場でも若い人の姿が目立ちます。若い人がナチュラルワイン好きというのは世界共通です。

理由はいくつか考えられます。

まず、若い世代は環境問題への意識が非常に高いので、環境にやさしい有機農法を実践している生産者を支えたいという思いがあるのかもしれません。社会正義への意識も強いので、それも理由かもしれません。ナチュラルワインの生産者は小規模な家族経営のところばかりですから。

さらに、若い人たちはワインの知識が浅い分、ワインの香りや味わいはこうあるべきだという固定観念を持っていないことも大きな理由だと思います。愛好家の中にはワインを飲むことを一種のステータスと考えている人もいますが、若い人たちにはそれがない。友達とおいしいワインを飲んでおいしい料理を食べて楽しむというのが彼らのスタイルです。

(下)では、ナチュラルワインにアンチが多い理由、日本におけるナチュラルワインの将来性などについてお伝えします。


(注1)石油由来の合成農薬や化学肥料を使わない農法。人類が農耕社会に移行したのは約1万年前とされるが、それ以来、20世紀前半まで農業はほぼすべて有機農業だった。ところが、第二次世界大戦後、合成農薬や化学肥料が急速に普及し始めると、有機農業はあっという間に慣行農業に取って代わられる。しかしその後、合成農薬や化学肥料の弊害が明らかになるのに伴い、近年は有機農業が世界的に見直されている。その流れがワイン造りにも及んでいるとも言える。

(注2)原則、表示義務がないためボトルの原材料欄には表示されていないが、加工食品であるワインには、多くの場合、様々な添加物が使用されている。発酵のために添加する培養酵母も添加物の一つ。そのほか、醸造前の果汁に加える糖分や酒石酸、マロラクティック反応を起こすために加える乳酸菌、清澄剤も添加物とみなすことができる。一方、ワインの製造では、醸造過程で出た澱などを除去したり、逆浸透膜を使ってアルコール分を減らしたりするなど、「取り除く」作業も多い。添加物は必ずしも悪いとは限らないが、「透明性」「消費者の知る権利」の観点から情報公開すべきだとの意見も少なくない。

(注3)フランスで2019年、ナチュラルワインの生産者らが「ナチュラルワイン保護組合」を設立し、独自にナチュラルワインを定義した。定義を満たしたワインについては、認証マーク「Vin Méthode Nature」を発行している。同組合の定義はレジュロンさんが考える定義と非常に近い。レジュロンさんは「認証マークは、それによって消費者が自分の買うワインがどうやって造られているかわかるので、非常に有意義だ」と評価する。


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