【日本国記】 限りなく真実に近いアナザーストーリー 3 吉野ケ里の天津国魂 土方水月
アメノホアカリは大国彦かとも呼ばれる。
出雲の第八代大名持であった大国主と名を交換した。大国主はスサノヲに。スサノヲであった天族ホアカリは大国主に。そこから大国主はナムジ天孫族に。大国主は大国比古に。
アメノホアカリはその名を場所場所で変えたといわれる。
天火明・彦火明・火照・天照国照彦・櫛魂・ニギハヤヒ・スサノヲ・ナムジ・オオナムジ・オオナムチ・大穴牟遅・大己貴であった。
そして、大国主と名を交換し、大国主・アマテラス・天照・オオドシ・大年・大神・大三輪神・御室山神・蛇神・アマテラス・天照・海照となったが、この度発掘される吉野ケ里遺跡の隣にある神社(古墳)に埋葬されているともいわれる。
吉野ケ里は邪馬台国ではない。邪馬台国は国の名ではなく場所の名であった。国の名は「倭わ」であった。矮小の「わい」であり、倭は元は「矮」であったともいわれる。
吉野ケ里の隣に、隣と言っても同じ敷地内ではあるが、日吉神社という神社があった。そしてこの日吉神社はこの度移転し、その新築工事が完了したという。その移転はもとの神社の跡地の発掘調査のためであった。ここはもとは古墳であり、そこに神社が建てられていた。その神社は延享三年(1746年)に建てられたといわれる日吉神社であり、天津国魂神が祀られるという。
この神社の下にある古墳に眠る「天津国魂神」は出雲の「天火明アメノホアカリ」と同じ日に亡くなっているという。