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未知なる材料

彼女は玄関のドアを閉めると、真っ赤なハイヒール脱いだ。つば広の黒い帽子と、首から目の下まですっぽりと覆っていた黒いストールをはずすと、現れたのはぬめりと光沢のある青緑色。太い大蛇の首が三つ、狭い玄関いっぱいにぐーっと伸びをした。ちぢこまっていた骨が、ぽきぽきと鳴る。

三つ頭の"彼女たち"は、廊下をまっすぐに進み、リビングを突っ切ると、一番奥の湿っぽいにおいのする部屋へと入った。うすよごれた床と裸足のあいだで、ぴたぴたと音がする。

"彼女たち"は息をつく間もなく、だいじな仕事に取りかかる。

「それでは、今日の研究を始める。」一番右の頭が、はきはきとした声で言った。「まずは何から手をつけましょう?」

真ん中の頭が口を開いた。「彼、昨日も今日も、イヤフォンからジャズの音楽が微かに聴こえていたわ。きっとこの頃は、ジャズにはまっていると思うの。」

そう言うと、真ん中の頭は《音楽》と名前の付いた戸棚を開けた。そしてそこから、《ジャズ》と書かれた茶色の小瓶を取り出すと、ぐびり、と口に流し入れた。すると、"彼女たち"の頭の奥のほうで、小洒落たジャズ音楽の演奏が鳴り響いた。

続けて、一番左の頭が言った。「彼ったら、街ですれ違った女の細長い足を目で追いかけていたわ。あなたたちも、気づいたでしょう?きっと、ああいった足が好みなのね。」

左の頭は、《体型》のラベルが貼られた箱の中を探った。そして《細長い足》と書かれた白い小瓶を見つけるとこれまた、ぐびり、と口に流し入れた。すると、"彼女たち"の視界はぐいと上昇し、ふくらはぎはキュッと引き締まった。

こうして毎日、"彼女たち"は研究を続けている。彼を観察し、必要な材料を体に取り込む、重要な研究である。これまでにも、数え切れないほどの小瓶をあけてきた。《きれいな爪》《美しい声》《料理の腕前》《ゴルフの趣味》《高い知性》.... しかし、研究が足りないのか、彼が"彼女たち"に振り向いてくれた試しは未だなかった。

一番右の頭が、思い出したように言った。「彼ね、今日とても奇妙なことを言っていたわ。やっぱり一番だいじなのは、"アイ"だ、って。でも私、"アイ"なんて書かれた小瓶は、見たことがないわ。」

真ん中の頭は部屋中の棚をぐるりと見回し、左の頭は「材料辞典」でア行のページをぱらぱらとめくった。しかし、二人もまた首をかしげるばかりであった。"アイ"なんて材料は、見たことも聞いたこともなかった。

「何かしらね。きっと、《体型》の小瓶をいくつか混ぜ合わせて作る新種なのかもしれない...」

「いえ、もしかしたら《趣味》の棚をもう少し調べるべきなのかも...」

「《ヘアスタイル》の倉庫をくまなく探した方がいいかしら...」

それぞれの頭は、得体のしれない材料に対して、あれこれと思考を巡らせた。しかしその晩の研究で、答えが見つかることはなかった。

明日も、"彼女たち"の研究は続く。

・・・

卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。

今回のカードは、私にとって難しかったです。途中までストーリーは出るのに、最後までうまく終わらなくて、紙をたくさん使ってしまいました。2日に渡って考えていたら、うっかり下書きの紙を撮るのを忘れたまま、捨ててしまいました。

前回の作品はこちら。


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