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はじまりの場所
パッパー。
大きなクラクションが鳴り響く。でかでかとしたサングラスをかけた中年の女性が、車の窓から金髪を振り乱して何か叫んでいる。マウンテンバイクが風を切って走り、派手な色のお菓子の包み紙が宙に舞い上がる。
降り立った"ビッグ・アップル"、ここはニューヨーク。古びたギターケースを背負った僕は、今朝空港で買ったばかりの地図と、目に入る通りの名前を必死で照らし合わせていた。どっちへ歩いたらいいだろう?重くのしかかるギターケースと背筋のあいだに、たくさんの汗つぶが流れていくのを感じた。
希望を持ってここへやって来たはずなのに、なんだか急に自信がなくなってきた。街に飛び交う耳慣れない抑揚の声が、いつもより強く鼓膜を刺激する。吠える犬にさえ何か言われているような気がして、ドキリとする。僕は、本当に大丈夫だろうか?
指でなぞっていた地図から目を離し、ふうっ、と大きな溜め息をついた。顔を上げ、空を仰いだ。
「うわっ」思わず声が漏れた。目の中に、絵の具のように鮮やかな緑色が飛び込んできた。後ずさりしたスニーカーのかかとが、ズズ、とコンクリートに擦れる音がした。
僕の目の前に、大きな一本の木が堂々とそびえ立っていた。キラキラと輝く葉は、太陽の光をあちこちへ反射させて、まるでミラーボールのよう。力強く伸びた太い木の枝は、こちらに向かって両腕を広げているみたいだ。
突然、ぶわあっ、とビル風が吹いた。木が、ゆさゆさとその巨体を揺らした。葉と枝がこすれ合って音を奏でる。一瞬、ジミ・ヘンドリックスの姿が見えた。
立ちすくむ僕の右肩を、ゆっくりと老人が通り過ぎた。我に返った僕は、反射的に彼を呼び止めていた。たどたどしい英語が、口から流れ出した。
「あ、あの... ウェア、ウェア イズ ディス」
「Here, here, 」
老人は地図を指でトントンと叩くと、少し微笑んで去って行った。
僕はあわててポケットからペンを取り出し、老人が指した場所をぐるぐるぐると濃い丸で囲んだ。
はあっ、と思いっきり深呼吸をした。そして、もう一度木を見上げた。
きっと、大丈夫。僕はくるりと向きを変え、さっきよりも大きな歩幅で歩き出した。ギターケースは、もう重たくなかった。
・・・
卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。
今回のカードは、話を整理するのにかなり時間がかかってしまいました。ストーリーは決まっていたのですが、言葉や言い回しに細かくこだわったら2日もかかってしまいました。もう少し良くできる気もしますが、今の力ではこのくらい、ということです。感想を教えてもらえるとうれしいです。
前回の作品はこちら。