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特別な存在 (ふたりでひとつ、ってわけ)

「私は特別な存在だ」

誰に言われたわけでも、教えられたわけでもないが、氷はいつしか、そのように自覚していた。

ここは世界の果て、生命の最後の"とりで"。何百年も昔に生きていたニンゲンという太古の生物を皮切りに、地球上の生物たちは静かに姿を消していった。どうやら、太陽があまりにも熱くなりすぎたせいらしい。

ここ南極でも、いよいよ生命という生命が姿を消し始めた。ついには、ひと続きに繋がったぶあつい氷の陸地にも、太陽の光線がぴきりぴきりとヒビを入れ始めた。不運にも集合体から離れてしまった氷のかたまりは、ギラギラと光る太陽に照らされて、<じゅわり、じゅわり>と音を立てながら、海に溶けて消えていく。

「私は特別な存在だ」氷には依然、自信があった。なぜなら、氷の体にはいまだ生命の息づかいがはっきりと聞こえているのだ。その生命は、草という名前であった。草は、氷の体を覆って、太陽の強い光線から氷の体が溶けないように守っていた。

草もまた、氷と同様に「おれは特別な存在だ」と考えていた。氷が、その体のフィルターに海水を通し、塩分のすくない清んだ水分を、いつでも草に吸収させてくれるのだ。

氷と草は、互いに確実な"生"を感じ合っていた。だから本当はこうなのだ、「われわれは特別な存在だ」。

氷と草は、今日もぷかぷかと水面をただよいながら、他の透明のかたまりが、<じゅわり、じゅわり>と音を立てながら小さくなっていくのを眺めていた。

草は、氷に言った。「なあ、もしおれたちがあいつらのように、この世から消えてしまうとして、それは一体どんな終わり方なんだろうな?」

氷はすまして言った。「そりゃあ、あんたがさぼって、私に日陰をつくるのをやめたときだね。うっかり葉っぱのすき間をぬって暑い光線が差し込んだら最後、私の体は溶けて、あんたもドボンってわけ。」

すると、草は躍起になって言った。「おいおい、おれをなめてもらっちゃあ困るね。そんなことが起こるもんか。それよりもあんた、誤っておれにしょっぱい塩水を送ってみなよ。おれの葉っぱはビョウキで枯れ、日陰はなくなり、あんたも終わりさ。」

「それじゃあ」と氷は言った、「私たちは、ふたりでひとつ、ってわけね。」

草は、いたずらっぽく風に葉をなびかせた。「そ、ふたりでひとつ、ってわけだ。」

おだやかな波のあいだに鳴り渡る、<じゅわり、じゅわり>という調べを背中に、「特別な存在」は今日もぷかぷかと大海原をただよって行くのだった。

・・・

卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。

今回のカードは、とても抽象的というか....イラスト少なっ!こんなんで話が作れるかな?と思いましたが、作っているうちにだんだんと楽しくなりました。

前回の作品はこちら。


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