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記憶の入れ替え

老人はそれまで長いあいだ、随分と多くのものを頭の中につめ込んできた。

優れた学者として、たくさんの知識を得なければならない。村の長として、村の中に流れる情報を頭の片すみに置いておかなければならない。ときには信頼の厚い相談役として、多くの友人から打ち明けられる悩みや秘密を、きちんと頭にしまっておかなければならない。

老人は、知識も、情報も、秘密も、一度頭に入れたら決して忘れることはなく、また記憶の端からうっかりと取りこぼしてしまうことなど、あり得ぬことであった。

しかし、どうも最近、もの覚えが悪くなっている気がするのだ。

人は年輪を重ねると、記憶をしまっておく頭の中の容器が、どんどんいっぱいになっていく仕組みがある。

そこで、気づかぬうちに、頭の中では適当な記憶の入れ替えがおこなわれているのだ。古びて使わなくなった記憶は頭の外へ、重要にみえる記憶は頭の中にとどまり続ける。

老人の頭の中も然り、いままで貯蔵してきたたくさんの記憶がなみなみと、頭の中の容器にあふれていた。そこで、老人が気づかぬうちに、頭の中では記憶の入れ替えが粛粛とおこなわれていた。

古びて使わなくなった記憶は、外へ、外へ。こうして、老人の頭の中には、新しい記憶をつめ込む余地が広がっていった。

老人はこの頃、以前よりも頭がすっきりと軽くなった気がしていた。もの覚えもよくなり、これでまた新たな学術書の知識も、村のさまざまな情報も、友人たちの打ち明け話も、しかと頭の中にとどめておくことができる。

しかしその代わりに、なぜか気持ちには穴があいて、すかすかと風が通り抜けていく感覚を覚えるようになった。老人は、何故何の為にその学問を始めたのか、思い出すことができなかった。村で過ごした幼少の思い出や昔の風景を、思い出すことができなかった。目の前で悩みを打ち明ける友人とはどんなふうに出会ったのか、思い出すことができなかった。

まあ、いいだろう。それもまた、どこかで新しくつめ込んでいけばよいのだ。そう、老人は空ろになった目でぼんやりと考えていた。

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卓上ゲーム「Dixit(ディクシット)」の絵カードをランダムに1枚に引いて、短時間で作品をつくります。

学生の頃、よく徹夜で歴史科目の試験勉強をしていました。偉人や出来事の名前、年号なんかを必死で覚えました。翌日の試験ではすらすらと回答を書けるものの、それがどんな歴史的背景を持っていたのか、何を意味していたのか、偉人はどんな人物だったのかは全く覚えていません。私が回答用紙に書いていたのはただの文字列であり、試験が終わればその文字列も忘れていました。

本を読んで新しくつめ込むことができる記憶もあれば、決して本には載っていない、あとからつめ込むことのできない記憶もありますね。

前回の作品はこちら。


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