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【散文】つまずく

 つまずく。
 ほんとうによく、つまずく。
 最近とくに、つまずくようになった。
 自分はなにも変わっていないつもりだけれど、そうではないらしい。
 それにしても、つまずく。
 いやになる。

 家の玄関の上がり框(かまち)の段差で、つまずく。
 階段の踏み板で、つまずく。
 家のなかの段差のない所を歩いていた。
 さすがにつまずかなかったが、つま先を何かにぶつけた。痛いっ!
 ぶつけてもつま先が痛まないよう一年中スリッパを履くようにした。

 外出すれば歩道の段差で、つまずく。ときに、転ぶ。
 昨冬、凍った雪道を歩いていたら転んで足首をひねった。
 病院でレントゲンを撮ったが、幸い骨は大丈夫だった。
 ただ、7カ月以上たったいまも、痛みは完全にとれない。

 若いころ、同じようなことがあった。
 そのときは、2カ月足らずで治ったようにも記憶しているのだが。
 もう30年近くも前のはなし。いまのカラダは違う、ということか。
 あっちでも、こっちでも、つまずく。
 共通しているのは、さほどの段差でない所、という現実。
 これは精神的につらい。

 いつからこうなったのか。
 原因はおそらく、加齢による体力、筋力、運動能力の低下。
 どれも、気づかないふりをしてきた。

 仕事でも、つまずく。
 よく間違える。時間内に終えられない。アイディアが浮かばない。
 後輩にどんどん追い越されていくさみしさ。
 といっても、若手の考えていることがよくわからない。
 「新人類」と呼ばれた世代もいまや「旧人類」。
 時の流れが寒風のように心を震えさせる。
 時代の流れも、空気の変化も読めない。だから、つまずくのか。

 人間関係でも、つまずく。
 ただこれは、やや減った気はする。
 経験を重ね、良くも悪くもずるくなって、ごまかすことを覚えたからか。
 そんなもの簡単に見破られるだろうけど。

 つまずく。
 この言葉はマイナスイメージがつきまとう。
 と、思っていたら、あながちそうでもなさそうだ。

「躓きは前に進んでいた証」
(仲畑流万能川柳 毎日新聞朝刊2024月9月13日付)

 そうか。
 行動を起こさなければ、自己主張をしなければ、ひとはつまずかない。
 なにもしなければ、つまずきようがない。
 逆転の発想。
 つまずきを「いい経験」ととらえよう。前を向こう。
 つまずくことは、悪いことばかりじゃない。

 朝刊をカバンにねじ込む。出勤のため玄関を出て、駅へ急ぐ。
 歩道の段差で、また、つまずいた。
 やれやれ。

(了)


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