教員辞めて被扶養者になり、安心できる今
被扶養者。教員だった私は現在、夫の扶養に入っています。
被扶養者になるのは親に扶養してもらっていたとき以来です。
実は、教員を辞めてもしばらく障害手当を受けていました。心療内科にかかって病気が認められていたため、休職中も障害手当を受けていたのですが、退職後も申し訳ないけど、ぎりぎりまでいただいていました。それは、私の一時的な安心感を得るために必要なことだったと思います。
手当を受けられなくなる境目くらいに、私は夫に扶養してもらうことにしました。正直、本当にほっとしたんですよね。
私が正規職員で働いていたときには、あまり感じなかったのですが、一応自立していたんですね。ただ、その自立は、私にとっては大きなプレッシャーだったかもしれません。
キャリアウーマンに憧れて、母親からも「これからの時代、女性も自立しなければならない」みたいなプレッシャーを受けていたんだと思います。社会の動きもそうでした。今では当たり前なことかもしれないけど、女性だって考え方がいろいろですよね。
今もバリバリに働いている方々の中にも、実は「あ~、だんなの稼ぎがもう少しよければ、働かなくてすむのに」と思う方は少なくないでしょう(お父さん、旦那さん、ごめんなさい)。でも「やっぱり自分で働いたお金ってことで、自由に使えるし、仕事もなんだかんだと、やりがいがあるから」と思って職場に向かっている人も多いと思います。
生きるって本当に、バランス感覚が重要ですよね。心に何が降り注ぐかで、またはタイミングで、表裏がころっとひっくり返ることもあるもんだな~とつくづく思います。ひっくりかえるとしたら、やっぱり自分の本音がそうさせるのでしょうかね。
被扶養者になって私はとっても安心感を得ました。これまで、がんばりすぎてたんだなあ、と改めて思ったの事実。キャリア形成に向かって、自分なりに努力してどうにか、モチベーションをアップしようかと思ったけど、恐らく、このタイミングで精魂尽き果てたのでしょうね。あ~、保護されるんだあ、といった子どものような感覚が、大人になった私の心を救ってくれました。
加えて、気づいたこと。私は自分がリーダーシップをとったり、自分完全主導での生き方を求めていたようで、実は違っていたようです。子ども時代のことを思い出せば自分で納得できること。つまり、私は”誰か”のサポーターというか、地味に支えているほうが気が楽で、自分らしくいられるみたいです。
ということで、今は被扶養者だけど、夫を地味にサポートしています☺。
社会の動きはすでに、死ぬまで働け、ではありませんが、後期高齢者も働かなければいけない時代に…。特に私の世代もぎりぎりベビーブーム世代であり、さらに今後の高齢化を押し上げるような存在です。
そう考えれば、今から無理せず働ける準備をしておくのは大切ですよね。貯めたお金って結構なくなるもんです。生きるために働いて、年金が一種のお小遣いのような感じ、にしておくつもりで、私は今の仕事をなんとか続けていければと感じています。
辞めてから比較的長く、将来の不安、お金の不安に悩まされてきましたが、「今やることをやる」「結果をすぐに求めない」「視点を変えてみる」といったことを意識するようにした結果、不安も少しずつおさまってきました。
幸いといってはなんですが、夫は自営業(小規模の卸売業)。収入は中の下ぐらいかと思いますが、なんとか生活できており、無理せず健康であればずっと働き続けることが可能です。
その夫の被扶養者となり、自分はとりあえず、自分のために将来も働き続けるためのライフスタイルを大事にしていけたらなあと思っています。二人で一つの生活。決して贅沢はできないけれど、ほっこり幸せを感じる毎日を大切に、そして子どもたちの将来を楽しみに過ごしていきたいと思います。
あ、つらつらと長く書いてしまいましたね。ごめんなさい。ここからは、50代の先生方へ。
もしもこの記事を読んでくださって、「そうよねえ」と共感してくれるとすれば…。それは、ご自身の働き方改革を進めるチャンスかも、とお伝えしたいです。つまり、「老後に不安を抱えているから、今の仕事を続けるしかない」と頑なに思う姿勢から「もしかしたら非常勤講師で働くこともありかもしれない」とちょっとゆるく考えることも可能です、ということ。あなたの本音をさぐって、ご家族とも相談してみてください。豊かな人生にする選択肢はきっと、いろいろあると思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。ではまた、明日。