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【掌編小説】ファビュラス・ファースト・ナイト

ウワノ ソラ、14歳の夏
地元のアイシャドウズという
グラムロックバンドに恋をしている
学校の授業中も上の空で
耳に入れたイヤホンから流れる
ボーカルのユウ君の
艶やかさと危うさの混じった歌声に
うっとりとして、ため息をつく
これは私の為の曲だとすら思う
そして今夜、市街のライブハウスで
アイシャドウズが演奏する
ウワノにとって人生で初めてのLiveだ
両親に行きたいと言えば
反対されるに決まっているから
「友達の家に泊まる」と伝えてきた
口裏合わせをしてくれる葉子に
放課後、マクドナルドを奢った
音楽にしか興味がないウワノは
学校で葉子しか友達がいない
葉子は苺シェイクを飲みながら
「来年には受験だってのに
バンドマンなんかに夢中になってると
痛い目を見るわよ?」と小言を吐く
「受験より大事なことだってあるもの
14歳の夏は一度しかないじゃん」
厳しい表情を向けてくる葉子をよそに
ウワノは楽しくてたまらない
家に帰ると急いでシャワーを浴びて
髪に花の香りのするオイルを塗る
水玉のワンピースに着替えて
黒いコンバースの紐を上まで通した
バスで市街地へ向かってゆく
海も山も商店街もひまわり畑も
窓から見える景色がいつもと違う
透明な空で蝉が鳴いていた
目的の駅につくと日傘を広げて歩き
迷わずにライブハウス「Please」に着いた
開場までまだ2時間もあるので
近くのタリーズコーヒーで時間を潰す
緊張と興奮を鎮めるために
冷たい柚子レモネードを飲んで
イヤホンでアイシャドウズの
大好きな曲「黒い暴動」を聴きながら
ユウくんにラブレターを書いた
17時、「Please」の赤い扉を目の前にして
ウワノは初めて覗く世界に怖気づき
「葉子も誘えばよかった」と思う
でも今さら引き返せない
覚悟を決めて重たい扉を押す
壁中バンドのフライヤーだらけで
機械がサビたような臭いがする
緊張しながら階段を降りると
女の子がいっぱい溢れて
物販コーナーに群がっていた
ウワノも慌てて駆け寄り
Tシャツ2枚とリストバンドを購入して
物販のスタッフのお兄さんに
「これ、ユウくんに渡してください」と
勇気を出してラブレターを預けた
トイレの個室でTシャツと
ショートパンツ姿に着替えて
鏡の前でANNA SUIのハート型の蓋を開けて
黒いアイシャドウを塗ったら
戦闘準備はONだ
18時、開場の時間になった
受付のちょっと怖い金髪のお姉さんに
チケットを見せてドリンク代を払う
入場した途端にみんな走り出して
前の列に並ぼうとしていた
ウワノも猫のように素早く動き
真ん中あたりを陣取った
低い天井に煙草の香り
狭いライブハウスは満員で
熱気で少し息苦しい
スタッフが楽器の準備をしている
もうすぐLiveが始まる
あと15分…あと10分…あと2分…
18時半、舞台の照明が明るくなって
ニューヨークドールズが爆音で響く
お客さんが歓声をあげる
メンバーが一人ずつ袖から出てきた
最後にユウ君が気怠そうに現れる
ラメの黒いアイシャドウを光らせ
会場をひと睨みした
その瞬間、オーディエンスは
ユウ君の魔法にかけられた
か細い身体を揺らして
荒っぽくエレキギターを抱えると
伸びた前髪の奥の光る瞳で
「ハロー、アイシャドウズ!」と叫んだ
次の瞬間ドラマーが4カウントを入れて
悪魔がにやりと笑った
スポットライトを浴びながら
妖艶な色気をほとばしらせて
ユウ君が「黒い暴動」を歌い始めた
襟がカットされたTシャツから鎖骨が輝く
耳鳴りがするほどの爆音の中
ウワノは今この瞬間なら
死んじゃってもいいなって思った
衝動的なライブの折り返し地点で
汗だくのユウくんがマイクを握りしめて
濡れた花のような唇で喋った
「次は新曲、ラブソングです。
ちょっと静かなナンバーだけど…」
メロウで切ないイントロが始まった
ユウ君はその美しい愛の歌を
一点だけ見つめて熱唱していた
ウワノは嫌な予感がして
その視線の先を振り返った
奥の方に葉子にそっくりな顔をした
黒いミニワンピを着た
コケティッシュなショートボブの
可憐な女性が踊ることもしないで
ただ温かい眼差しを
ユウ君に向けて立っていた
二人の視線は絡まり合っていた
ウワノの胸は凍り付いた
あれは葉子のお姉さんに違いない
前に一度だけ会ったことがある
色素の薄い儚げな瞳と
大人っぽい雰囲気に圧倒されて
負けを認めざるを得なかった
血の気が引いてきた
ウワノはフラフラと人ごみをかきわけて
ドリンクカウンターでコーラを注文した
それを受け取ると、まだライブ中だけど
会場の外に出て携帯を取り出した
震える手で葉子にLINEを送る
「葉子のお姉さんってユウくんの彼女さん?」
すぐに既読がついて返信がきた
「黙っていて、ごめん…
ウワノが傷つくと思って言えなかった」
大切なものを奪われたような気持ちで
目の前が真っ暗になったが
「大丈夫、ライブ楽しんでくる」と返信して
氷で薄まったコーラを飲み干すと
また重たい扉を開けて
ユウくんの世界に身を滲ませる
最後の曲も激しいロックナンバーで
赤いギターを弾くユウ君の色白の手から
ルビィ色の血が滴り落ちていた
ウワノは気が狂ったように踊りまくる
一滴の星で黒いラメが溶けて頬を濡らした

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*イラストはデザインの勉強をされている千代さんに依頼して描いて頂きました。

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Mei&Me(原題:僕と笠原メイ)
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