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何もしない日々

「紹介状を書くので、総合病院の脳神経外科に行ってください」

そう言われて総合病院でMRIに入った。
かかりつけ医院にあるよりも、うんと強そうなやつ。
金属探知機使うんだね。空港みたい。
ネイルに入ってるラメも、脚に入ってるタトゥーも大丈夫だった。よかった。

「これで終わりなので、あとは会計窓口に行ってください」

意外とすぐ終わったな、と思いながら会計をしに行った。結果は後日聞きに来るようにと、もう日程が決まっていた。
窓口に書類を出して会計の順番を待っていたら、
「あ、すみません。もう一度、診察室の方に行ってもらえますか?」
ええ、良いですとも。早く終わったって早く仕事に戻るだけだもの。やる気ないもの。

「検査のために入院できますか?1週間くらい」

モニターに映し出された私の脳血管の画像には、左の下辺り、こないだ酷く痛かった辺りに白い塊が映っていた。
診断は、脳梗塞。

そうして私は、初めての『入院』をする事になった。

とは言え、何か麻痺やら障害が出ている訳でもなく、頭痛もとっくに治っていた。
普通。全くもって普通の状態で入院する事になった。
奇しくもコロナ渦のこの時期、基本的に家族でも面会は禁止、外来患者と接触しないよう、食堂にも図書コーナーにも行ってはいけない。
必要最低限の買い出しは行っても良いが、外来患者がいない時間帯に限られる。
許可なく病棟フロアから出てはいけないし、できるだけ病室からも出るなという、言わば軟禁状態。
まあ、いい。想定内だから。
本もPCもルーターも仕上げなきゃならない書類も持ってきたから。
来るべきヒマに備えて、潰すべくあれやこれやプランを立てていたのだ。

しかし、結局のところ、本は一度も開かなかったし、仕事は当然しなかった。
検査で案外忙しかった、というのでもない。
ただ、何もしなかった。

そう、私は何もしたくなかったのだ。

それは、ここ数ヶ月、私がずっと思っていた事だった。
もう何もしたくない。ただじっとしていたい。
そして今、それが許される状況になった。
会社に対して、家族に対して、何より自分自身に対して。
湧き上がってくる「せっかく時間があるのだから」を「だって入院してるから」でヒラリとかわして、ただ漫然と過ごした。

1日の間に起こる出来事といえば、つまらない味のご飯が3回と検温と血圧測定。
検査は毎日ではないし、お風呂も入院中1回しか入らなかった。
うとうとしながらテレビを眺め、Youtubeを見て、ストレッチをしてみたり、日向ぼっこをしてみたり。
窓辺で日が暮れていくのをただずっと眺めていたりした。いつまで眺めている気だ、と思って動こうとして、やめた。
急ぐ理由もない、急かす予定もない。
ここでこうして、ただじっと夜に変わっていく景色を何も考えず見ていても良いのだと、そう思った。

ここで私に求められているのは、ご飯を食べる事、消灯時間になったら寝る事、予定通り検査を受ける事。騒がず、できるだけ大人しくしている事。
元気も有能さも論理的思考も求められない。

死ななくても良いな、と思った。

あなたも、ただ生きているだけで、疲れて死にたくなってしまった時は、入院してみると案外良いかも知れませんよ、というお話。

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