引き出しの4段目に宝がある!
わたしはHCUへ向かう。気持ちを奮い立たせて。
昨日、ひーちゃんに話を聞いてもらった。でも、こころの振り子はいったりきたりして、病院へ向かう足は重い。
今日は鳴き声はしなかった。
ほんの少しだけほっとした。いや、こころの底からほっとした。
どの病室もドアは開いていて、窓の外から差し込む日差しが廊下にも滲んでいた。なんて眩しい光景。
主人はベッドを少し起こして、青々とした緑の木を背に、テレビを見ていた。笑いながらテレビを見ていた。
何かの時のためにと少しだけ持たせていた現金で、テレビカードを買っていたことに、無性に腹が立った。テレビなんか見せるために渡していたわけじゃない。
ぐっと飲みこんだ。
「テレビなんか見てるの?」
わたしはあえて余計な言葉を付けてみる。
「そう、やることないし、テレビ見てたんだ。」
主人はちっともそれに気づてなくて、余計にまた腹が立つ。
きっと昨日わたしが顔をみせなかったことにも気づていないだろう。
看護師さんが検温に現れた。
「病人がテレビなんか見てていいんですかね?」
わたしは同調を求めた。
「ええ、脳の回復にも役立つんですよ。画面を見たり、音を聞いたり、字幕を目で追ったりすることになるでしょう?いいリハビリになるんです。」
思っていた答えではなかったことが、さらにわたしを苛立たせた。
看護師さんが次の病室へ向うと同時に、これまでに溜まりに溜まっていた不安や不満が溢れ出た。
「どうしてテレビなんかにお金を使っちゃうの?」
「ここに入院して、手術代とかいろいろすごくお金がかかってるし、これからだってかかるんだからね。」
「HCUから出て一般病棟に移ったら、差額ベッド代だってかかるようになるんだよ、分かってるの?」
「すぐに退院はできないんだから、その間、お金、どうするの?」
「そもそも、こんなに休んで、会社に迷惑かけて、復帰できなかったら、どうするつもりなの?」
「ちーちゃんとわたしとお父さんと、これから3人でどうやって暮らしていけばいいの?ちーちゃんは小学生になっばかりなんだよ。わたしのパートの稼ぎだけじゃ、暮らしていけないよ!!!」
「わたし、今日のお昼ご飯、菓子パン1個しか食べてないんだよ!」
主人は「ごめん」と言った。
これまでに見たことのない、とてつもなく気弱で、ひどく不安そうで、今にも泣き出しそうなへなちょこな顔。あんなにピカピカしていたオレサマのカケラも残っていない。
うつろで、どこを見ているのか分からない。焦点が合っていない。
どことなく感情のない顔。能面のような顔。
以前とは正反対の、そんな”顔”を見るのがすごく嫌だった。
わなわなして立ちつくしていると、急に小声になって「ちょっとちょっと」とわたしを手招きして近くに呼びよせようとした。
「俺のさ、部屋にさぁ、 ”引き出し” があるじゃない?」
なによ、また唐突に。
「そのさ、引き出しの4段目に宝が入っているからさ、家に帰ったら、ちょっと探してみてくれない?」