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禍話「アイダ さんのビデオ」



 これはIさんから聞いた話だ。

 Iさんの友人には何事にも動じない超然的態度のAさんがいたという。

 大学でリストカット騒動があった時にも動じずにその場を難なく治め、先輩からも一目置かれている、何かあるとまずは相談するような、Aさんはそんな頼れる友人だった。


 ある日、そのAさんが大学の友人のEさんに呼ばれた。

 どうもEさんの弟の家庭内暴力がエスカレートしてしまい家族ではどうにもできず、Aさんに助けを求めたという事情らしかった。

 理由も分からず急にこうなってしまった、理由を聞いても暴れては家族に暴力を振るう、最近は刃物を持ち出して自分も軽傷を負ってしまったと。

 よし分かった、俺が話そうと、Aさんはすぐに弟に会うことにした。


 Eさんの家に行くと弟の部屋は荒れ果てて、家族はすっかり怯えきっていた。
 Eさんは誰にもどうにもできないと半ば諦め気味だったが、不思議とAさんには弟もすんなり心を開いたようだった。

 「大変らしいけど何かあったの?俺にも色々あったから分かるよ……よかったら話してもらえるかな?」

 優しい口調で諭すと、弟はポツポツとわけを話し始めた

 ネットで毎日変なサイトを見ていた。
そのうちにいわゆるダークウェブのようなサイトに入り込んでしまった。
 そこはグロテスクな画像や映像の集合知のようなサイトで、ある人が神格化されていた。

  アイダ さん

 という人が考えられないくらいヤバイ動画をくれると話題になっていたが、自分はどうにも半信半疑だった。

 しかし、ある日本当にアイダさんがサイトに現れた。そして何故かその時に「アイダさんは女性だな」と漠然と思った。

 「怖い動画見ても全然平気なんですよね〜」と言うと「タダで動画あげるよ、でもものすごく怖いから気をつけてね、見たら焼いた方がいいかも」と翌日に「学習キット」という名前の郵便でDVDが届いた。

 DVDを見てしまったが、その内容がとにかくヤバイ。寝れない。寝れたとしても悪夢が常で気がおかしくなる。家族はこの怖さを分かってくれないし、かといってこんなモノを見せるわけにもいかない。むやみやたらに捨てるのも怖い。八方塞がりに追い込まれて、それで家族に暴力を振るようになってしまった。というのが弟の話だった。

 「そのDVDお化けでも出るの?」と聞く。

 お化けではない、とにかく"得体の知れないモノ"だと震えながら話すので「じゃあそれは俺が捨ててあげるよ」と軽い気持ちで言うと

 「本当ですか!!ありがとうございます……!!」

 藁にもすがるような思いだったのだろう、半ベソをかきながらお礼を言われたという。


 家に持ち帰ってすぐに焼き捨ててしまおうとは思っていたが、至って普通の男の子があんなに追い詰められ、ついには家庭内暴力を振るってしまうほどの動画がどんなものか、いけない興味が湧き始めた。
 サブリミナルなどの危険も考慮した結果、Aさんの彼女や友人も誘って大人数でDVDの観賞会を開くことにした。人が多ければ多いほど本当にヤバイ動画だった時、観賞中止の判断が正しく速いものになるだろうと考えてのことだった。

 真っ白なDVDをプレーヤーに入れスイッチを押す。


 ザーッと音が鳴り映像が始まった。
「なんでこんな荒い映像をDVDに焼き起こしたのだろう……」と思うくらいザラザラとした昔の映像だった。

 薄暗い校舎の廊下の中程に3人の男女がいる。薄暗いせいで男女の内訳はよく分からないが、学生服を着ているようだった。

 「ちょっと止めて……?」友人の指示でAさんが映像を止める。

 「この人たち、学生服着こなせてないよね?」

 言われてみれば。3人の真ん中の男が特にコスプレ感というか「大学生が無理やり制服を着させられている」ような感じだった。ああ確かになと思いながらビデオを再開する。

 その真ん中の男が話し始めた。


 「えーコレはですねーコレは 告発の……ビデオ?映像?……DVDです…」
……ンンンゴッゴホッ


 ここでDVDを観てた全員が笑ってしまった。
 全然セリフを言えていない。これならカンペを用意しておいた方が絶対にいい。素人にしてもあまりに下手くそ過ぎる「えーあのーあのー」とまだ言っている。カメラマンの咳も入ってしまっているし、音声編集もしていないので余計に粗が目立つ。

 なんだコレ……と思っていると、映像は暗がりの中、ある教室の前に差し掛かった。


 「えーあのーこの教室なんですけどぉー……」と言うと「そうそう!この教室!」と真ん中の男以外の二人も声を揃えた。教室のドアがカメラでパンされる。

 「ん……あのォ そう ここ3年5組」
 指を差しながら真ん中の男が話し始める

 「3年5組はねェ 優秀なクラスだっつって
卒業式の日にも表彰されるような良いクラスだってみんなに言われてますけどォ 違うんですよ そんなクラスじゃないんだ!!!
……○○○ちゃんって子がいて クラスでその子をイジめてたんだ 担任や副担任も分かってて クラスぐるみでイジメをやってんだよォ!!!」

 男は、担任や副担任の個人名を挙げながら、その子が裏サイトなどで陰湿なイジメを受けていたこと、それが身体に傷のつかないような精神的なものであったことなどを次々に叫び始めた。

 酷いイジメにあってたんですよォ!!!!

 内容が入ってこないような演技で訴えてくる。酷い演技だ。カメラマンの咳もさっきから多くなってきた。古い校舎でホコリもあるからなのか、いやそれにしても酷い同人映画みたいだなと思いながらAさんは映像を観ていた。

 「んんーあのォーその○○○ちゃんはねェ
追い詰められて死のうと思って あてつけにこの教室の真ん中で死のうとしたんだ!!!」

 ちょうど教室の真ん中が電灯の関係でロープが掛けやすくなっている。

 「何度も何度もッ首を吊ろうとしたんだけどッやっぱり死にたくなかった……」

 その時、男が「生への執着が」と言おうとしたのだろう

 セイへの執着、を
 「イキへの執着がッ!」

 と言い間違えた。
 あ、これ、台本があってその上で撮影している映像なんだ、でないとこんな間違え方はしない。

 「何度も何度もォ何度も首を吊ろうと夜に来てねェ その度にグッと グッとやってねそれでも死ねなくてやめてたんですよォ……」


 その気持ちがァッ!!!!分かりますかァッ!!!!


………洒落にならないくらい怒っている。
 これは台本や演技ではなく本気なのが分かる。分かるけど、だからなんなんだコレ……


 真ん中の男だけではなく他の二人も段々語気を強め、目の瞳孔がカッと開いた。カメラを睨みつけ


 ナァ!!!!○○○ちゃんの気持ちが!!!!お前らに気持ちが分かるかァ!!!!


 全員が怒鳴り散らかしている。明らかに異常だった。

 「で結局ネェ それでねェ ここで7回目か8回目か 成功……成功って言ったらいけないけどォ……成功というか……達成というか……ここで結局自殺したんだァッ!!!」

 教室に指は差すものの、何故か中には入らない。カメラも教室の中が映りそうになるとパンして教室は作為的に映そうとしない。

 「ココでココで死んじゃったんですよォ!!!!
死んだのも卒業後だったからって 卒業後に死んだんでェ学校ぐるみで隠蔽されたんだァ!!!!
遺書も無かったことにされてェ……
親も気が弱くてどこにも告発する事もなくネェ!!!
無かったことにされたんだァ!!!
でもナァ!!!俺らは許さないぞォ!!!
ぶッ殺してやる!!!」

 男の発言はどんどんエスカレートしていく。

 「俺らは他のクラスだったから知らなかった!!!
でも知ったからには仕方ない!!!ある種おれらも同罪だァ!!!
見て見ぬ振りしてる奴らもそうだし俺らも見てたかもしれない!!!見過ごしてたかもしれないんだァ
全員が罪だ!!!
ぶち殺してやる!!!」

 「お前らのォ家も知ってるんだ!!!許さないぞォ!!!

○○!!!お前もだからな!!!」


 突然、今まで出てこなかった個人名を言った。
誰だ?コレを送られている人か?

 「お前もそうだぞォ……
移動教室で一緒だったらァ!!!
なんで気付いてやれなかったんだ!!!」

 コレ、送る人数分、全部、ひとりひとりに作ってるんだ……

 「お前もォ同罪だぞ!!お前の家も全部知ってるからなァ!!!就職先も全部知ってるんだぞォ!!!

俺らは自由だからナァ!!!なんでも出来るんだ!!!
大義名分があるからなァ!!!!

悪いと思ったらナァ!!!
ここに来て反省を彼女に示してやれ!!ヤレェ!!!やれヨォ!!!
謝れェ!!!謝れよォ〜!!!」

 そう言いながら三人はグッとカメラに向かってくる。
 どんどんカメラに近づいてきている。もうこのままだとカメラに当たってしまうその直前で

 通り過ぎた。

 そして、カメラから遠くの方に行ってしまうのが声の距離感で分かる。

 ナァ!!ふざけんなよぉ〜〜!……
  謝れょぉ〜〜……謝れェ〜〜………
   ぁャ……ょォ〜〜………

 遠くの方で怒鳴っているのが聞こえる。
 「あれ、カメラ置き去りにされちゃっ……」とAさんが思っていると、カメラが小刻みに揺れ始めた。
 正しくは、結構前から揺れてはいたが、それがより一層激しくなり始めた。

 カメラは下手くそだから、と思っていた。

 違う。


 ンッッ……フッッフフヒッ……ハァッ…ヒッヒフゥッハハッ……グフッフフッッ……ハッッハッ……


 堪えきれないように低い声で笑っていた。

 三人の怒鳴り声が聞こえなくなってから気付いたが、間違いなく笑っていた。

 笑いながらカメラを撮影者側に向ける。


 首に包帯をグルグルに巻いた女の子が映った。


 フフッ……フッッ…ふはははッ……ハハッハッ……
………ンンゴホッゴホッ

 ニタニタと笑いながら、あの咳払いをしながら、喉が潰れたような低い声でこう言った



でもォ、あのヒトたちィ、何を怒ってるんですかねェ〜??



 そこで映像を見るのをやめて、一応焼く様子を動画に録り、DVDは焼いて捨てた。

 このことで観賞会にいた全員は、低い声や低い咳がトラウマになってしまったという。


 「アレ何だったんですかね……カルト的な信徒だったのか……本当に嫌なDVDでした……とにもかくにもどういうルートで入手したのか、アレを手に入れた「アイダ」ってヤツは……ヤバイですね……」


【fin】




本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第25夜「THE禍話」より、編集・再構成してお送りしました。

禍話 第25夜「THE禍話」(38:00〜)
禍話-Twitter

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