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禍話「あかねこ」



 これは、サクラさんがあるマンションに住んでいた時の話である。


 サクラさんの住む部屋の隣には、仲のいい家族が住んでいた。

 父親と母親と、お姉ちゃんと弟。いつでもにこやかで、休日には家族そろって出かけるくらい仲のいい一家だった。サクラさんは一人暮らしだったので、見かけるたびに羨ましいなと思っていたという。

 そのマンションでは、定期的に清掃作業などのイベントが催され、住人どうしの繋がりは強かった。誰もが見知り合いといった感じで、サクラさんも隣のその家族とはそれなりに親交があった。


 ある時、サクラさんが仕事から帰ってくると、ちょうど隣の家族のお姉ちゃんのEちゃんとばったり会った。


 「お、Eちゃんこんばんは」

 「こんばんは.……」


 いつもの元気がない。いつもなら笑顔で挨拶を返してくれるが、浮かない顔で、落ち込んでいるように見えた。こんなことは今までなかったので、サクラさんは珍しいなと思っていた。

 エレベーターに乗り込むと、Eちゃんがこちらを何か言いたげな様子でチラチラ見てくる。サクラさんは普段から相談されることが多かったので、何か家族には相談できないことを自分に相談したいのだと思った。


 「どうしたの?何かあった?」できるだけ優しく聞いてみる。


 「実は……」と切り出したEちゃんの話はこういうものだった。

 同級生のAくんが怖いことを言って周りの気を引こうとしている。周りにそれを怖がっている子もいるのに全くやめない。それどころか怖がっている子に、集中的にオカルトチックなことを言い続けるので、我慢できなくなったEちゃんがAくんを注意すると、それに伴ってAくんは先生にもこっぴどく叱られた。それの恨みからか、LINEで変な動画が送られてくる。数分程度の短い動画だがそれが気持ち悪い。


 「なるほど……」立ち話も何なので、サクラさんは自分の部屋で話を聞いていた。話を聞く限り、相当悪質ないたずらであるように思われた。


 「わたし、猫が好きで」

 「そうだよね、飼ってるもんね」

 「はい、それでAくんに『猫が好きなら " あかねこの動画 " 送ってあげるよ』って言われて、それから送られてくるんです」

 「それがこれなんですけど……」とEちゃんはスマホの画面をこちらに向けた。


 動画に、猫は映っていなかった。

 代わりに、どこかの日本家屋のような建物が燃えているような映像が映っていた。周りに野次馬が集まっている。どうやら火事らしい。その中の一人が、「あーこれ火が回るの早いからね」と言っている。

 サクラさんは動画を止めた。

 「これ、全然猫映ってないね」

 「そうなんです、火事みたいなんですけど、よく分からなくて」

 「でも、もうあと数秒で動画終わるね」

 動画を再開する。さっきの「あーこれ火が回るの早いからね」という野次馬の言葉でパッとシーンが変わった。編集されている。明らかにさっきの日本家屋のような場所とは別の、コンクリートの建築物の映像。


 その映像の中心で、人が立ったまま燃えている。

 直立不動で、一歩も動かずに、燃え上がる火の静かな音だけがかすかに聞こえる程度で、そこで人が燃えていた。


 サクラさんは一瞬、ギョッとし、身じろいだが、すぐにそれがマネキンか何かであるということに気づいた。マネキンか、あるいはそれに類似するような人形を立たせて燃やしているだけ。人間ではない。でないとあんなに静かに燃えているのはおかしい。だとしたら、なぜこんなことをしているのだろう。何のために?


 あー あついあつい たすからないよー


 アテレコが映像に挿入されている。しかし、タイミングも演技も、あまりに下手で、サクラさんはそれまで多少なりとも怖がっていた自分をバカバカしく思った。

 そして、Eちゃんにこれが最初の日本家屋とはまったく別の場所であることや、真ん中で燃えているのはただのマネキンであること。声は下手なアテレコで、燃えているモノの声ではないということをひとつづつ説明した。

 するとよくよくアテレコを聞いたEちゃんが「これ、このアテレコ、Aくんの声だ!」とひらめいたように言った。そして、そのタイミングでサクラさんもようやく気付いた。


 「そっか、そうだ、火の回りが早いこととか、放火の疑いのある火事のことを、赤猫が走るって言うんだ。多分Aくんはそのことを言ってるんだよ!」

 「ええ……全然分からないし、面白くない……」

 「なんか思い当たる節ない?こういうもの作るのって」

 「あ、そういえば、Aくんこの前、登校するなり『すす臭くない?』って周りに聞いてた日があって、『近くで火事があってさあ』って言ってた。それをネタにして作ったのかも!それで送ってきたんだ!」


 サクラさんは常々悪趣味だと思いながら、高校生が、下手ながらもこんな合成映像を作れるのか、疑問に感じていた。それでもEちゃんは憑き物が落ちたようにスッキリして「明日ガツンと言ってやる!」と息巻いている。

 サクラさんもそれを後押しして、それじゃあと、Eちゃんが帰ろうとした時、Eちゃんの電話が鳴った。Aくんからだった。


 「えー見たけど……見たけど何?は?見たって……」電話に出たEちゃんはAくんにしつこく見たのかどうかを確認されているらしかった。どこまで悪質なんだと、サクラさんはその電話に代わることにした。


 「あーあの、Eちゃんの親戚みたいな者だけど」

 「え、ああ、え……」大人のサクラさんが出たからか、Aくんはあからさまに委縮していた。


 「動画見させてもらったけど、君、編集下手だよ、声、アテレコもあとで足したのバレバレだよアレ」

 「はあ、え、そうですか」 (そうそう)

 「あとね、火事をネタにするのもよくないよ。するにしてもせめて日本家屋で燃えてるって設定なら、シーンを変えても木造建築の中で人形燃やさないとさあ」

 「え、ああ、そうですか」 (そうそう)


 さっきから電話口の向こうの、Aくんの後ろから、自分の発言に同調するような声が聞こえる。女性の声。あの映像をAくんと作った人が一緒にいるのか、そうかアレは誰かと作ったものなのか、それで、しょうもないからって、そうそうって同調してるのか。


 「さっきから後ろにいる友達も同調してるけど…」

 「は?なんだよそれ?やり返してるつもり?」

 「え、いや、さっきから後ろで……」

 「は?全然つまらないんだけど?何それ?……」 


 「俺、今ひとりなんだけど」


 その瞬間、電話口の向こうで


ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン


 インターホンがけたたましく鳴り響いた。Aくんはイライラして「うるさいなあ!」と言いながら携帯電話を投げ捨てて、玄関の方へ歩いていく。携帯電話を切って投げ捨てたつもりなのだろうが、電話は切れていない。まだ繋がっていた。


 「もしもし?ちょっと?Aくん……?繋がってるけど……?」


 ドアが開いた音がして、さっきとは打って変わって電話口はシンとした。誰かと玄関で話しているらしい。


 「もしもし?Aくん?ちょっと?ちょっ……」

 「もしもしィ?」


 誰かが電話に出た。女の人だった。


 「あのぉ、Aくんは……?」

 「ちょっと今 玄関で お話ししているみたいですねェ」

 「あぁ……そうですか、でも、ま、話したいことは、話したので……」

 「あのォ 動画 見ましたァ?」

 「え?あの、はい、見ました……見ました……」

 「あれ 人形に 見えましたァ?」

 「え?」



 あれ 人形に 見えましたァ? フハッ

アレ 人形に 見えましたァ? アハハッ!



 サクラさんはすぐに電話を切って、Eちゃんに聞いた。

 「Aくんのお母さんって結構若かったりする?」

 「いやお母さん病気かなんかで入院中で、お父さんと二人暮らしだって……」

 「二人暮らしってことは、兄弟も?」

 「いませんけど、どうしてですか?」


 Aくんは次の日、学校に来なかった。それからのことはEちゃんが話したがらないので、結局あれが何だったのか、アレが誰だったのか、分からずじまいだという。


 ただ、家にいるはずのない女が電話に出たAくんはきっとただで済んではいないのだろう。


 「それで、時々話してるサカイさんって女性、わたし、サカイさんと話したことになるんですかね、そうじゃなかったとしても、何か似たようなヤツと話したことになるんですかね」



【fin】

本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第二夜『禍話Ⅹ』より、編集・再構成してお送りしました。

禍話 - 第二夜『禍話Ⅹ』(35:15~)

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