禍話「ブルーシートの動画」
「サカイさんだかなんだかってあれ本当なんですか? "ぼーだー" とか" アイダさん" とか人気ですけど」
精神衛生上、あまり良いとは言えそうにない動画を送りつけ、見せようとしてくる人物がインターネット上にいる。
そもそも人なのか、女性なのか、男性なのか、性別も姿形も分からない。
そして今まで集められてきた話に出てくるその名前が決まって「境界を意味する名前」なのは、たまたまの偶然なのか、それとも作為的な何かがあるのか、私たちには何もわからない。
ただ、そういう話は確かに伝えられていて、ビデオを観てしまった人は今もどこかに実在している。それだけは事実だろう。
90年代前半。平成の始めの頃。
Aさんは、ある裏ビデオ、今で言う "アダルトビデオ" を通販で買った。
作成していたのは本社がどこにあるのかも分からないような怪しい会社で、当時高校生だったAさんが年齢をごまかしても、大して疑いもしなかったため、簡単に取り引きができたという。
数日後、家に届いたのは5本セットのVHS。
その内容はダビングにダビングを重ねたような酷い映像で、これはハズレを引いてしまったなと落胆していると、その中の一本だけアダルトビデオの本編が終わってからも砂嵐にならない。おかしいなと思って早送りしてみると、少し経ってからまったく別の映像が始まった。
「続きは気持ち悪くて見てないんだけど、そういうビデオが家にあるんだよね〜」
サークルのメンバー数人で怖い話をしていた時、Aさんがそういう話を何となしに話した。
「何だよそれ〜スナッフビデオ〜?だるま女〜?」「面白そう〜」と思っていたより場が盛り上がり、そのVHSもまだAさんの家にあるというので、今度の土曜日にでも大学の他の友人も呼んで見てみようという話になった。
その週の土曜日、サークルの部室に6人が集まった。Aさんが持ってきたVHSには雑に貼られたシールに名前と「No.〜」「ウラビデオ」と汚い字で書かれていた。
男6人なので、まあ参考までにね……と、先にアダルトビデオ本編の方も見てみることになった。
アダルトビデオ本編を再生すると思ったよりも映像が荒い。ダビングにダビングを重ねているからなのか、それとも経年劣化からなのか、女が裸なのは分かるがどこがどこなのかはさっぱり分からない。そうこうしているうちに本編が終わってしまった、確かに砂嵐にならない。
ここからですよ。Aさんが静かに言った。
映像が始まった。
スッと、画質がアダルトビデオ本編より少し鮮明になった。
その荒れっぷりから恐らく廃墟だと思われるような場所が映る。そこでかなり大きなライトを焚いている。撮影用の大きなライトだ。その光源を頼りにこの映像を撮影しているようだった。
男数人が大きなブルーシートを数人で畳んでいた。
本当に大きなブルーシートだ、少し大きな部屋なら余裕で床を覆えるぐらいのブルーシート。この大きさだと (いい加減にならできるかもしれないが) きちんと畳むのはかなり難しそうだった。
映像の中で畳もうとしてなかなか畳めないというのをずっとやっている。
「いや〜できねえな〜やり直そう」
リーダーのような人物が何回目かのやり直しを指示している。
「これデカすぎませんか先輩〜」
と後輩のような男が愚痴をこぼす。
大学生か、社会人一年目ぐらいの見た目の男数人が畳もうとして畳めないというのをもう何回も繰り返していた。
リーダーのような人物はその大きなブルーシートを「二つ折り」にしようとしていた。
なんとか丁寧な二つ折りにしようと奮闘するが、かなり暗いのもあってかなかなかキレイに畳めない。やり直す。その繰り返しだ。
カメラは固定ではなく手持ちで、常に気持ち悪くゆらゆらと揺れていた。
ふと近くに停まっているバンにカメラが寄る。
車内に女の子が二人いる。
「全然できないね」「ね〜」「これいつまで経っても出来ないんじゃない……もう夜中の1時、2時だし………」「まあできなくても別にいいんじゃない〜」
適当な感じで水を飲みながら、少し遠くで作業をする男たちを車の中から見ていた。
このブルーシートを畳む作業において、リーダーのような人物とその他の人間とでかなりの温度差があるように感じられた。
映像から大きなブルーシートを二つ折りにするのは、誰かに頼まれていることで、その主導を任されているのがリーダーのような人物だと推測がついた。
ぴったりに出来ないならやめればいいのに、なぜやめないのだろうか。
う〜んやっぱりキレイに畳めねえなあ〜……
難しいなあ〜う〜ん……
と唸りながらもまだ頑張って畳もうとしている。
「ここまでやめないということは、ある程度のお金をもらっているのか、それにしても何の意味があってこんなことをやっているんだか……」Aさん含む先輩たちと見ていた後輩のKくんには見当がつかなかった。
廃墟 深夜 映像 映る男たち
バンの中 二人の女の子 水を飲んでいる
ブルシートを畳む 誰かに頼まれて 数人
大きいブルーシート 「二つ折り」
Kくんはその時にやっとピンときた。
「二つ折り」にするとここにいる全員横向きにぴったり入る。
閃きは本当に唐突だった。
「ブルーシートを二つ折りにすると映像に映っている全員が横向きになればちょうどぴったり入る大きさになる」そのことが何を意味するのか分からなかったが、直感でこれは良くないと思った。とても嫌な感じがした。
そしてちょうどそのタイミングで、サークルの飲み物がなくなった。
「俺、買ってきますよ……」
一番後輩だったのもあって逃げるように買い出しを申し出ると、じゃあ俺も行くよと他の先輩と一緒に3人で近くのスーパーマーケットに飲み物の買い出しに行くことになった。
「よろしく〜」と残りの3人は部室でそのビデオの続きを見るようだった。
買い出しから戻ってくると部室とその周辺は大騒ぎになっていた。
「飛び降りた!飛び降りた!」と何人かが慌てたように叫んでいる。
………え?え?
騒ぎの内容はこういうことだった。
部室に残って映像を見ていたうちの一人が、急にビデオをデッキから無理やり引き抜いてそれを胸に抱え、植え込みに向かって二階から飛び降りた。死んではいないが、大怪我をしている。
人が飛び降りたのを見た近くの別のサークルの人達が急いで部室に行くと、鍵がかかっていて中に入れない。中からはつんざくような叫び声が聞こえてはいるが何が起こっているのかまったく分からない。
もうこれはダメだということで反対側から蝶番を外して無理やり中に入ると
一人は叫びながら部室の中をグルグル回っていて、もう一人は机に突っ伏して「ギャァッ!!!ウ゛ワァ〜!!!」と喚いていた。
その後、すぐに救急車が来て3人の先輩は近くの市民病院に緊急搬送された。
飛び降りた先輩は退院した後で社会復帰することができたが、あとの二人は今も実家で暮らしているという。
映像のその続きは未だに分からない。
「いやね、そういうのって「サカイさん」とか「アイダさん」とかじゃなくてもさ、いっぱいいたのかもしれないよね」
【fin】
本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第十一夜「ザ・禍話」より、編集・再構成してお送りしました。
禍話 第十一夜「ザ・禍話」(44:25〜)
禍話-Twitter
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