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禍話「人体模型」



人が何かに怯える時、必ずそこには何か、底知れぬ理由がある。


2ch全盛期、匿名掲示板がまだまだたくさんあった数年前。
その頃は小学生でもダークウェブのようなサイトにアクセスすることができて、いわゆるグロテスクな動画や少しエッチな動画も簡単に入手することができた。

そんな時代にアクセスするのが難しいグロテスク動画の専門掲示板があり、禍々しいタイトルの動画が並ぶそのスレッドの中に「人体模型」というタイトルの動画があった。


Mさんの知人のAさんはグロテスクな動画に強い耐性があり、しばしばそういう動画を探しては観ていたが、ある日からパッタリと観なくなった。

「人体模型がヤバイんだ」

そんなチンケなタイトルの動画でコイツがこんなに参ってしまっているのかとMさんはにわかには信じられなかった。
人体模型なんてあんなの作り物だし標本だよ、何が怖いことがあるんだと、強く出るとわけを話し始めた。


グロテスクな動画を専門に扱う掲示板にアクセスするためのパスワードが分かってそこに入れた。その中に「人体模型」という、ハザマさんとかサカイさんだとか、とにかく境界を意味するような名前の人がアップロードした動画があった。何気なくダウンロードしようとすると


 お持ち帰りしますか?


という確認が出てきた。
その表現を不思議に感じたが、そのまま構わずにダウンロードした。
そしてその動画を観てしまった。それがダメだった。もうダメになってしまったと、Aさんは話した。

画的にはグロくない。
というかほとんど音声しかない。でもダメだ。アレは本当にダメなんだ。

その後、知り合いのお寺を紹介して欲しいと言われ、何でお寺?とは思ったがツテはあったので紹介した。

1ヶ月後、Aさんは病的にやつれて帰ってきた。ありえない痩せ方だった。
「ダメなんだよね〜食べても食べても吐いちゃって、栄養失調だって」

わけが分からない。

気の毒に思うと同時にコイツがこんなになるまでに至ったその動画に興味が湧き、Aさんから動画をもらって観ることにした。


動画は隠し撮りの動画で、よくあるような鞄の隙間からカメラのレンズが覗いている撮り方だったが、レンズが逆を向いてしまっているのかほとんど見えない。確かに音しか録れていないような状態だった。
途中途中で「ブツッ」と音が切れるので音声は編集されているようだった。

映像の暗闇の中から声が聞こえた。
どうやら男女何人かが何かの打ち合わせをしている。

「ヨシダが来たら人体模型がシャーっと出てくる仕組みで……ヨシダは人体模型が怖いらしいから……とんでもないリアクションを……そこで撮るから、そのものすごいリアクションが……そういうのが……サカイさんは欲しいらしいから……」

紙をペラペラめくりながら何かの計画を話している。

どうやら夜の廃校でヨシダという男を人体模型で驚かそうという計画の話だった。
そしてこれはサカイさんという人物から頼まれたことで、かなりの報酬が約束されているらしかった。

「フェイントでまずは俺とIちゃんが行くから、Eちゃんはその後でヨシダと来て……あ、その前に……校舎をぐるっと回って……何もないのを確認してヨシダにアピールしよう……んで、その後で2-2で……」

「そうそうそう……いやーそれにしても……こんなにもらえるなんてね……」
「へぇ……そんなに……ヨシダくんを人体模型でビックリさせるだけで……」
「こんなに……凄いね……」

とそこでブツッと切れた。

エンジン音と喋り声が聞こえる。
男が一人増えた。なるほど、これがヨシダなんだな。
車で廃校に向かっているらしい。声の感じからヨシダは、かなりガタイのいい男のイメージが湧く。
普段はもっと横柄な態度をとるのだろうが、女子がいるからか、かなり自制の効いた話し声だった。

「もうその学校何年も使われてないらしいよー」
「廃校に行くだけでこんなにもらえるなんてね」

ヨシダはこれから驚かされることを知らないのだろう、廃校に行けばお金がもらえると思っているようだった。
その後、車から降り、校舎を回っているような音と声が聞こえると、またブツッと音が切れた。


……「じゃあ行ってきまーす」
男女二人の声が聞こえた。肝試しを装い、計画通りにあの二人が人体模型を校舎に仕込みにいく手筈だ。

車にはヨシダとEちゃんが二人きりでいる。
二人はそんなに親しくもないようでだんだん話すことがなくなってくると、どちらからともなく「夜の学校が怖い」「トイレの花子さんとかいましたね」と話し始め、その流れでうっかりEちゃんが

「人体模型とかも怖いですよね」

と口を滑らしてしまった。
すると、それまで温厚に話していたヨシダが急に声色を変え

「いやー良くないよ、本当に良くない」

とブツブツ言い出した。

「人体模型ダメなんですね、知らなくて……すみませんでした……」知らないフリをしてEちゃんが謝るも

「ダメなんだよ!!本当にダメ!!」

もう完全に何かスイッチが入ったように様子がおかしくなっているのが声だけでも分かった。そんなに嫌いなのかと思っていると、ヨシダが急にポツポツとひとりごとのように話し始めた。


「俺さぁダメなんだよ人体模型、このこと、人に話すのも先生ぶりなんだけど」

……ん?先生?Eちゃんが聞く。

 あー医者の先生ね

この時点でEちゃんが結構グッと引いているのが相槌で分かった。ヨシダは話を続ける。


「幼稚園の頃さぁ、仲良しの○○君って子がいてさぁ、○○君とよく近所の大きい公園で遊んでてたんだよ、砂場がでかいんだその公園、山とか城とか好きなだけ作ってはさぁ、叩き壊すのが好きで、いつもそうやって遊んでたんだ、ハマってたんだよ

その日も土曜日か……日曜日だったか、バケツとかスコップとか持ってな、行こう行こうってさ、その日も公園に行こうとしてたんだよ

途中にな、四車線の、トラックとかバンバン走るような大通りがあるんだよ、近くに小さい歩道橋はあるんだけどさ、絶対突っ切った方が早いから普段も突っ切ってて、通行人とかいるんだけど全然怒られなくてさぁ

で、その日天気が悪くて、風も雲もあって今にも雨が降り出しそうで、視界……?見通しも悪かったからさ「たまには歩道橋で行く?」って聞いたんだけど、いいよいいよって○○君が突っ切ろうとしたんだよな
したらさぁ、トラックがバーっと来てさぁ

○○君はねて
はねただけじゃなねえんだよ、引きずったんだよ」

……えぇぇ
「引きずったんだよ」の声が何故か、若干うわずっている。

「ズズズズズッッってなってさぁ、ウワーってなって、もちろんトラックもタクシーの運転手もみんな止まって

みんなで大変だーって
救急車、救急車呼べ!!
警察呼べ!!
トラックどかせ!!
ウワーウワーって

俺どうしたらいいか分からなくてさぁ、突っ立ってそこで震えてたんだよ

そしたらさ、トラックの周りに大人の輪が出来てて「うわぁー…こりゃダメだ警察だ…」って言ってんの、でもわけ分からなくてさ、どういうことなんだろうどうしたんだろうって、隙間、大人の輪がちょっと後退りした時にできた隙間からさ覗いてみたんだよ入って、そしたらさァ……人体模型ってさァ……半分人間で半分中身じゃん……

○○君、そんな感じになってんの」


うっわ……なんだよそれ……
ヨシダはなおも喋り続けている。

「こんなこと……死んじゃったと思ってさ……大変、うわー……うわーどうしよう……うわー……お父さんとお母さんに言わないと……どうしよう……と思ったらさ、次の瞬間さ……まぁコレ信じなくてもいいんだけど、反射なのかなぁ……分からない、詳しくは知らないんだけどさぁ

その○○君がスッと立ち上がったんだよ

大人もウワァァ!!!ってなって
それでな、半分中身が覗いてる○○君が、こっち来るんだよ、パタパタパタパタ歩いてくるんだよ

俺が唯一知ってる人間だからだろうな、こっちに来ながら何かを喋ろうとするんだけどさぁ、半分グチャグチャに崩れちゃってるから全然喋れないんだよ、そんな人間が歩けるわけないんだけど、本当に歩いてたんだよ、大人もみんな信じられないって顔でさ、それでなソレが俺の前まで来て、どっちかの肩だったか……俺の肩に、手を置いたんだよ

俺さどうしたらいいか分からないけど、生きてるわけないし
コレはもうダメだと思ったから
目の前にいるソイツはもう友達じゃないと思ってなァ

持ってたスコップとかバケツでさァッ!!!
俺はソレをボッッコボコに殴ったんだよォ!!!
持ってるスコップとかバケツでバンバンバンバンバンバンバンバン殴ったんだよォ!!!」


うーっわ……えぇぇ……
Eちゃんは息を呑むように黙っていたが、ヨシダはずっと「バンバンバンバン殴った」の下りをしつこいぐらいに繰り返し繰り返しやっている。

バンバンバンバンバンバンバンバン殴ってさァッ!!!
バケツでカンカンに殴ってさァッ!!!動かなくなるまで殴るんだよォ!!!
バンバンバンバンバンバン殴ったんだよォ!!!
動かなくなるまでなァ殴ったんだよォ!!!
それでなァ!!!その時誰かが言ったんだけどよォ!!!
「トドメを刺したのはお前だ」って言うんだけどサァ!!違うよナァ!!ナァ!!違うよナァ!!!!


「うんうんうん違う、違う違うと思う」
Eちゃんはすっかり怯えきっていて、完全にキレたヨシダはまだブツブツ何か言っている。と思ったら今度は急に怒鳴り始めた

「違うよナァ!ナァ!ていうかアイツらいつまでやってんだよ!!!行ってみようぜ!!!」

マズい……

こんな状態のヨシダに絶対、人体模型は見せたらいけない……音声のEちゃんも焦っているのが分かる。「ちょっ……待って……ちょっと……」となだめようとするが、ガサガサと動き始める音がしている。

「アイツらさぁいつまで待たせんだよ!!!もう行こうぜ!!!」

校舎の中に入って行く。足音が遠くなる。

「おい!!!何してんだァ!!!」
仕込んでる二人が「ちょっと待ってェ〜〜」と気の抜けた返事をしている。

どうやらヨシダの行く先に曲がり角があり、その角を曲がると人体模型が出てくる算段らしい。どんどんヨシダの声が遠くなっていく。

「お前ら何なんだよ!!!なんだよ角から出てこいよ!!!おい!!!お前ら何なんだよ!!!」

「あのー……あのぉ……待って……」Eちゃんの声も遠くなっているが、まだ近い、ヨシダからあからさまに距離をとっている。

「お前ら何持って………」

角を曲がった、瞬間。


ウオォォァァァァァァァァッアァァァァッッ!!!!


獣のような慟哭が、校舎に響き渡る。
次に聞こえてきたのはあの男女二人の凄まじい悲鳴と叫び声だった。
古い校舎にヨシダの慟哭と叫び声、二人の悲鳴、それから「グッチュグッチュ」と何かを叩き潰すような音が聞こえる。ガラスが割れて、壁が崩れる音。

Eちゃんがその角に向かう足音がしたが、叫び声はより一層大きくなり、叫びながら出口の方に逃げてくるのが分かる。

車に乗り込むと、エンジンを掛けて二人を置いて出発したようだった。
ブツブツ言っていることが支離滅裂で混乱しているのが露骨に分かった。

少し走ったところで、エンジン音がふと消えた。

何かをガソゴソしている、ついさっきとは打って変わってシンとした雰囲気が伝わる。

「もしもし……」

誰かに電話をしているようだった。

「あの……あの…あの!!!サカイさんですか?あの…救急車を……救急車をあの廃校に、すぐ呼んでください!!!はい!!!救急車です!!!……え?…は?なんですか?…は?待ってください……

ちょっ……

それでいいってなんですか!!!!」


ここで映像は終わっていた。すぐにAに連絡してあれは作り物なのだろうかと聞くとそう思うかと言われた。そんなはずはなかった、アレは間違いなく狂気じみた、現実にあった何かだった。

な……嫌だろ……本当にな……
まだ何かを言いたげなAだったが、これで気味が悪いからお祓いか……お寺に連絡しないと……
と思いながらその日は寝ることにした。

夜中の2時にふと目が覚める。

ん……?何だろう……と思っていると


「だからァ!!!俺のせいじゃないって言ってんだろうがァ!!!」


外から怒鳴り散らかす男の声がした。
ヨシダの声だった。

家にいた家族も全員起きて玄関の外を確認したがそこには誰もいなかった。

「お前……"お持ち帰り"とか"お祓い"ってアレのことか!!!」Aさんに問い詰めるとAさんは
「お前のとこにも来たか」とだけ答えたという。

数年前、そういう動画が本当に流通していた。


【fin】



本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第三夜「ザ・禍話」より、編集・再構成してお送りしました。

禍話 第三夜「ザ・禍話」(50:00〜)
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