禍話「感染するノート」
Eさんの友人には一人、馬鹿なヤツがいた。
自分ではマルチな才能があると思っているようだが実際はどれもこれもが中途半端な、そういう友人がいた。
そんな感じではあったが、根は悪い人間ではない。それなりの距離感で友人付き合いを続けていたという。
ある日その友人が嬉々として変なノートを見せてきた。そのノート自体は今でも流通しているような普通のノートだが、かなり経年劣化していて古びている。
大学の民俗学かなにかのサークルが潰れるということでその掃除を手伝ってきた。その掃除中に出てきたもので面白そうだから持って帰ってきてしまったと笑いながら話している。
そんなことしていいのかよ……と思いながらノートを見ると後半の方に付箋が集中して付けられている。
「これお前が付箋付けたの?」
「うん〜面白そうなところに付けた!」
こんな後半にばっかり付けるなら付箋の意味ないのにな馬鹿だな。
その日は夜遅くまでその友人の家でお酒を飲んで帰った。
帰りに部屋を出ると隣の住人と思しき少し柄の悪い男と鉢合わせた。なるべく見ないようにして通り過ぎようとすると
「ちょっと……兄ちゃん……」
低いかすれた声で話しかけられる。結構騒いでしまったから俺が代表してシメられるのかと覚悟を決めるがそんな感じでもなさそうだった。
「ちょっ……ちょっといい……?」
「え、はい……」
「あんたこの部屋の兄ちゃんの友達だろ?大丈夫コイツ?」
「……え?別に大丈夫だと思いますけど……」
「いやね、最近隣の兄ちゃん変な女連れ込んで夜中に遊んでんだよ……ここのアパート壁薄いから隣の生活音は良く聞こえるんだけど、それにしてもガッツリ大きな笑い声が聞こえてさ……子供の遊びみたいな、ずいずいずっころばしとかやってんだよ。女と一対一で盛り上がってるの。夜中の一時二時に。そんな盛り上がるわけないじゃん……変な薬でもやってんじゃないかと思って……」
「はあ……そんな話聞いたことないですけど、今度会ったら言っときますね……」
数日後。大学で当の友人に会った。かくかくしかじかという話を隣人から聞いたぞと伝える。
「は?何言ってんの?遊んでないし、薬もやってないし、その隣の奴おかしいよ……」
Eさんはまあそうだよなと思い、特に気にかけることもなくその場をやり過ごした。
それからというもの友人とはなかなか予定があわずしばらく会えずにいた。
それが一か月ほど続いたある日。友人のアパートの近くに立ち寄ることがあった。
ふと向かいの道路を見ると、友人があの柄の悪い隣人と仲良く話しながらビニール袋片手に歩いているのを見かけた。楽しそうに話している。うまい具合に仲良くなったのか。なんだか不思議だが、まあそんなものかと思った。
また別の日に大学でたまたま友人に会った。この前のことが少し気になっていたのもあって「この前隣の部屋の人と歩いてるの見たよ」「仲良くなったの?」と聞くと、「あーなんか、そう、意気投合しちゃってきっかけは覚えてないんだけど」と曖昧に答える。
それは良かった。隣人と仲良くなるのはいいことだ。そう思いながらふとかばんを覗くと
あのノートが入っていた。
いやよく見ると違う。あの古びたノートではなく、同じ製品の新しいノートを買っている。
付箋も端から端までびっしりと付いていた。大げさではなく全部のページに付箋が付いている。
何か無性に気持ちが悪かった。
それからまた何日か経ったある日、友人が講義のノートを借りたいと連絡してきたのでアパートにノートを届けに行くことになった。
部屋に入ると、あの隣人もいた。
一瞬おっと思ったが先日の友好関係具合を鑑みるに特に不思議なことではないように思われた。
隣人はこちらには見向きもせずに、机に向かってノートに何かを一心不乱に書き込んでいる。
よく見ると友人が持っていたあのノートと同じノートだった。中身は見えなかったが何か同じ言葉をずっと書いているようだ。
「返すの、明日でいい?」
「ああ……うん……」
それだけ言うと友人も同じ机に向かってあのノートに書き込みを始めた。何かを暗記するみたいに。ずっとそこで同じ作業を繰り返していた。
Eさんのその友人はそれから徐々に大学に来なくなり、結局大学をやめてしまったという。あのノートが関係していたのか、していないのか、詳しい理由は誰にも分からない。
【fin】
本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第十六夜「ザ・禍話」より、編集・再構成してお送りしました。
禍話 - 第十六夜「ザ・禍話」(34:13〜)
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