禍話「ネンネシナ」
これはとある大学で起こった話だ。
その大学の民俗学研究会が部員の減少により解散することになった。
部室を開け渡すために掃除しなくてはならないということで、部員の知り合いや友人の友人のような繋がりの人々が集まって部室の掃除を始めた。
掃除は何事もなく円滑に進み、あとは残り2、3人で何とかなるぐらいに落ち着いた。そんなあともう少しのところで掃除作業用の道具が切れてしまった。
「じゃあちょっと買い出し行ってくるね~」
「うん~いってらっしゃい~」
そうやって買い出しに行ったのを見送った後、残った2人でその辺を整理してると本棚のような古い引き出しが出てきた。かなり古くてだいぶ錆びている。
物が入ったままのを運び出すより全部出した方が軽くて楽だろうということで、試しに開けてみることにした。
力を入れてグッと引くと、意外にスッと開いた。「ああ、案外スッと開くんだな……」
中には、今も普通に流通しているようなノートが入っていた。中身をパラパラとめくると、鉛筆で細かい文字がズラーっと書いてあるが、ノート自体がもうだいぶ経年劣化していていまいち読み取れない。
民俗学に関することが割と真面目に書かれていることは何となく分かる。3/2あたりまでめくっていくと、それまではびっしりと書かれていたノートに急に
『ネンネシナ』
とだけ、書いてある。
筆圧が次のページに薄く透けている。またびっしりと書かれているらしい「これ何だったんだ……」次のページをめくる。
『ネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナネンネシナ』
一つのページ全部にびっしりと書かれている。
「うわっ……気持ち悪い……全部これ?最後まで?」
「なんだこれ……」
「ネンネシナ」とまるで何かに急かされているように殴り書きで書かれている。それを見ながら気持ち悪がっているとちょうど買い出しの一人が帰ってきた。
「お待たせ〜あれ……どうしたの……」
「いやそこの引き出し開けたらさ……」
「え!!そこ開いたの?よく開いたね~」
「え?」よく見るとその棚はさっき見たよりボロボロでひどく錆びていた。
こんなのがあんなにスッと開くとは到底思えなかった。何だか不気味で気持ち悪かったが、掃除もまだ残っていたので一旦放置して続きを再開した。
掃除も終わりに差し掛かった時、あのノートが無くなっていることに気が付いた。
捨ててしまったのか、あれどこ行ったと右往左往していると一人が「一瞬手伝いに来たあいつが面白がって持って帰ってしまったよ」と言った。
そのノートは現役生も知らない「先輩の先輩」のものだったらしく、見て見ぬ振り。放っておくということでまた話は落ち着いた。
「その棚、開けなくていいって言われてたから今まで開けてなかったけどよくもまあスッと開いたものだ」
その2、3日後、「先輩の先輩」たちにインターネットを通じてサークルが無くなりましたと報告をすることになった。かくかくしかじかで無くなりますと伝えると
「引き出しの中のノートどうした?」
聞かれるとは思ってもなかった質問がきた。少し驚きながらも「あ~……ちょっとどこ行ったか分かりません……」と答える。するとかなり焦ったように
「え~何で言ってくれないの。俺たちが然るべき場所へ持っていかないといけなかったのにな……」
「え?それって……」
「誰か持って帰った形跡とか可能性があるなら早く捨てろって言った方がいいよ……え、もしかして中見ちゃった?」
「見ました….…気持ち悪いの……」
「見ちゃだめだよ~……」
「え~……」
「うーん….…それじゃあ、君たちはこれからこまめに連絡を取った方がいい。授業出てる?とかバイト行った?とかでいいから。それでもお互いに何かおかしい兆候が見えたら、一人暮らしなら実家に帰った方がいい。実家ならまだ何とかなるから……」
「すいません、アレって何なんですか……?」
「ネンネシナ」とは決して言わずに、「先輩の先輩」は "アレ" についてポツポツと話し始めた。
「アレはな……同期にAっていう小太りの奴がいてな……サークルでも浮いたような奴だったんだけど、そいつがゼミ旅行で持ち帰ってきたモノだよ……」
「ノートをですか?」
「いやノートに書かれている……ソレを持ち帰ってきたんだよ……!悪いけどソレ……あんまり口に出して言いたくないけど……」
「ゼミ旅行で何かあったのか……ソレを俺らに伝えたかったらしいんだけど……口で言ってくれりゃよかったのになあ……口では言わずにAがノートにバーっと書いたんだよ……まるで何かの記録みたいに……2年の途中までフィールドワークやら民俗学の講義やら、案外真面目にやってたんだけど、だんだんピントがずれていったんだよな……ゼミ旅行明けに、交通事故に遭ってな、大学やめちゃったんだよ……そのあと部室に残ってたAのノート見たらそこにびっしりソレが書いてあるからさ……いや本当にヤバいから……絶対にもう見たりしないほうがいいぞ……」
「ちょっと、こっちでも、探してみます……」
「おう……探しとけ……」
「いや、本当にヤバいんだよ……Aは「眠れない眠れない」って言いながら事故に遭ったんだよ……だから、ちょっと、ソレ……書いてあるのとなんだか関係してそうじゃんか……それでな、ゼミ旅行で何かあったならって、その顧問の准教授に相談しに行ったんだよ「こういうことが書いてあったけどゼミ旅行で何かあったんでしょ?」って問い詰めたんだ、そしたら先生が「ちょっとよく分からないからそのノートは一旦預かっておくよ」「持ってたら思い出すかもしれないから」「ゼミ旅行の最終日に飲み会で盛り上がって変なことしたのは覚えてるんだけど、記憶が曖昧であんまり覚えてないんだ」「そのノートがあるとその時のことも何か思い出すかもしれない」って言うから貸したんだよ……そしたらその准教授、研究棟で何かおかしくなって辞めちゃったんだよ……」
「え〜そうなんですか……」
「それでそのノートは帰ってきたんだけど、コレは良くないってことでそのノートは棚に封印してたんだよ……だからな……そのノートは本当にヤバいぞ……」
そんな話を聞いてビビッていたが、自分たちには特に何もないまま日々は過ぎていった。
回り回って「ノートを持ち帰った奴が隣人を巻き込んで何か同じことをずっと書いている」という話を聞いた時に「それ!回収しないと!」と思ったが、その時にはもう既に大学を辞めていて、隣人もそのアパートを引っ越していた。足取りが掴めない。完全に手詰まりだった。
結局「ネンネシナ」にまつわる話を一通り聞いた民俗学研究会の部員たちは、なす術もなく過ぎていく日々を怖がるばかりだった。
途方に暮れていたそんなある日、すっかり片付いた部室前の空き部屋でたむろっていると
「あれ〜無くなっちゃったんだ〜」
部室の前に誰かがいる。急いで見に行くと、女の人が一人立っていた。
「あの〜……どうかなされましたか……」
「あ〜どうも〜私ね、Iって言うんだけど、この大学の出身で、民俗学研究会にも入ってて、無くなっちゃたんだね〜Aくんとかが入ってたサークルでね〜いや残念〜」
「Aって言った!」全員が顔を見合わせた。何か知っているのならここで聞かない手はないと、単刀直入に「ネンネシナって知ってますか」と切り出した。
「お~何で知ってるの?」
「いやあの、最近再発したっていうか……なんていうか……そんな感じで……」
「へえ〜そう〜私たちの時はかなり問題になったんだけどね〜 (笑)」
Iさんは、なんだか、全く怖がっていないように見えた。あの「先輩の先輩」とは怯え方が違かった。
「あの……" ネンネシナ "って〇〇先輩は大分怖がってたんですけど……」
「あ〜〇〇君なら怯えるかもね〜男だから!」
「男だから?」気になることが多すぎる。もう思い切って全てを聞こうと、ネンネシナにまつわる詳しい話をIさんから聞くことにした。
Iさんは少し息をつくと、話し始めた。
「私はAくんとゼミも民俗学研究会も一緒だったから詳しいこと知ってるんだけどね
ゼミ旅行に行くことになって幹事が泊まる場所を決めたりするんだけど、飛びっきり安い場所を見つけてきたんだよね、どこかの山奥のとびきり安いコテージ。管理人が10時に帰ってしまうようなそんなコテージを予約してきてね。
まあ安かったしいいかってその時は思ってて、でもいざ行ってみるとシーズンなのに自分たちしか泊まってなかったのがなんだか少し不気味だったけど「いいか」ってまだ思ってた。
そのコテージには2日ぐらい泊まったんだけど、2日目の夜に誰からともなく「隣がもっと広そうなコテージだ」って話になって、もうみんなだいぶ酔ってたな。
「ここよりちょっと高いんじゃないんですか」
「いや料金一律だからあっちにすればよかったな」
なんて話してて、そんな時にお手洗いから帰ってきた奴が「隣、開きますよドア!」って
完全な悪ノリで准教授が「入っちゃえ入っちゃえ、どうせ管理人いないんだから!」って酔いながら扇動するの
私たち女子たちは「えー大丈夫なんですかー?」ってあんまり乗り気じゃなかったんだけど、みんなゾロゾロ行っちゃうから、着いて行ってね。
そこのコテージには電気が通ってないから、ろくな明かりもなくて、懐中電灯で照らしながら全員で怖い話をやる流れになったのね
みんな本やネットやテレビから拾ってきたようなそこそこ怖い話をしていくんだけど、Aくんの番になって、でもAくんって結構話し下手でね、「いや僕ちょっとないですよ」って言ってるのに、悪酔いしてるのかなんなのか、ドSにいじめてみんながAくんに無理やり話をさせる流れになったんだよね。私も他の女子も急に湧いて出たその体育会系のようなノリとか、それを止めようとしない准教授に正直、辟易してたっけ。
「おい!ここには何が出るんだ!」ってここのコテージの話をさせようとするの
「えーとえーとね……女の霊です!」
「何してくるの〜何してくるの〜」
「えーあのね……あのあれ血だらけですよ!」
「怖くないよ!それじゃあ怖くないよ!おい!そんなの昼間に来ても怖くないよ!」
「えーじゃあ〜あの寝てる時に話しかけてきますわ!」
「おーなんて言うの!」
「……ええと、もしもしって……」
「おい!おい!全然ッ怖くないよ!」
「かわいそうに」って私たちは思ってた。それでも男は狂ったように盛り上がってるから辟易しながらも付き合ってあげててね。
「えーとね……えーと……早く寝なさい!って言われます……」
「お母さんじゃないんだから (笑)」
「えー……じゃあ……眠りなさい!えーと……ねんねしなさい!……え〜……ネンネシナ!ネンネシナネンネシナ!」
そう無理やりに吐き捨てるように言うと、変に節がついたんだよね
「あ!歌うんだ!」って
Aくんもノリノリになって「はい!子守唄を歌ってきます!」って
「いえーい!こわいこわーい!」って男たちは盛り上がってるんだけど、本当にくだらなくて、私たちは元のコテージに引き上げて戻って寝ることにしてね「男ってのは本当にくだらないね」「よく分からないノリで盛り上がるよね」なんて話しながら引き上げて、12時、1時頃にはもうすっかり眠ってたと思うな……
3時頃だったかなあ……寝てたんだけど、お酒のせいか目が覚めちゃって、まだ隣のコテージでやってるんだよね、みんなで歌ってる、変な節で
その時不思議に思ったんだけど、あれ?何だか人数多いなって
歌ってる声がやけに多い。思わず外に出て確認すると、窓かドアが開いているのか声が向こうから聞こえてくる
3、4人みんな男のはずなのに高い声がちょくちょく混ざってるような感じがするけど「まあ気のせいか」と思って寝ちゃってね
翌日、帰りのバスで男たちが、頭痛いのだの、二日酔いだのって騒いでて
「あんたたち馬鹿やってたね……」
「いや俺たちも何でコテージに行ったのかわからないんだよね……怒られるから慌てて戻ってきたよ……」
准教授も何も覚えてないみたいで、でもね「最後のAくんがやった話めちゃくちゃ怖かったな!」ってそれだけは言うの
「何言ってんだ」って思ったよね。無理やりやらせた話だし、全然怖くなかったから
でも「めちゃくちゃ怖かった」「全然覚えてないのは怖さのあまり脳がカットした」「いやー怖かった怖かった」って
Aくん自身も「自分が怖い話したのは覚えてる、周りがウワーっとなっていたのも自分がよくこんな怖い話できるなーと思っていたのも覚えてるんだけど、どんな話かさっぱり覚えてない」って
いやそんなはずない、覚えてるはずだと思って帰ってくると夏休み明けにあんなことがあったからね〜偶然なのかなんなのかね〜」
「それから、今思い返すとなんだけど、「ここに何が出るの、ここに何が出るの」って、最初に話の方向性を固めて言い寄ってきたのって、いや酔ってたから曖昧な記憶なんだけど……女の声だったと思うんだよね……
でも私たち何も言ってないし、それだけは怖いかな。それだけはなんだか鮮明に覚えてる。その後のこととかはあんまりよくわからないけど、アレ、暗かったけど私たちじゃない」
Iさんは最後に「この話は男性に来る。女性は大丈夫だけど、運命的に男性だけが狂っていく」とそれだけ言った。
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その土地には昔、成金の建てた別荘があったという。
その別荘の主人と妊娠した愛人がその別荘で別れ話になり、だいぶ激しい言い争いになった。
その言い争いの数日後。山の中で別荘の主人の死体が見つかった。
犯人の目星をあの愛人に絞り、警察や家族総出で山狩りまでして捜索したが結局どこにも見つからなかった。
どこの麓にも降りてきていない。山の中で神隠しにでもなったんだろうということで捜索は打ち切りになった。主人の家としてはその方が都合がいい。そして恐らくその殺しの現場だった土地が、やけにだだっ広い、電気も通っていない、あのコテージだったというわけだ。
広い建物で人が死んだりするとその敷地内に小さな建物をいくつか建て直すということがある。そうすると通知義務が発生するのは、その中の一軒ぐらいで、他の建物には通知義務が無くなる。つまるところそこのコテージも「そういう手段」が取られた場所なのだろうという話だった。
【fin】
本記事は、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】第十六夜「ザ・禍話」より、編集・再構成してお送りしました。
禍話 - 第十六夜「ザ・禍話」(39:15〜)
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