忌魅恐「叫ぶ子供の夢/犬鬼ごっこの子供たち」
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禍話をよく聞くある人が初めて怖い夢を見たという。
「見たい見たいと言っていたら見れるものなんですね」
その人は老人ホームの夜勤中に禍話を聞いているらしく、深夜の仮眠の時にその夢を見た。
仮眠をしていた部屋で叫び声を聞いて目が覚める。四方八方からつんざくような高い声。
ああああああああああああ
「うるさい!」と声を荒げるが、自分の声も聞こえないぐらいに
ああああああああああああ
警告ブザーのように甲高く鳴り響いている。「本当にうるさいなあ」と外へ出て思っていると廊下の奥の方、遠くに小さな人影が見える。
真っ暗なうえにずいぶん遠くにいるのでよく分からないが、男の子と女の子が何人かいるというのが何となく分かった。「この二人がうるさいのか」
ああああああああああああ
「出ていきなさい!出ていきなさい!」「早く出てきなさい!」そう玄関を指さし怒声を投げかける。声は高音にかき消されるが、それでも言うしかない。こんな時間なら玄関は閉まっていてしかるべきだが、なぜかすっかり開いていた。
「こんなところにいたらダメだから!」すると、女の子がこちらへ来る。それ続いて、男の子の方もひたひたとこっちへ来る。甲高い叫び声をあげながら。こちらに来る。
ああああああああああああ
誘導するように後ろにある玄関を指して「ほら出ていけよ!」そう言うと目が覚めた。そんな夢を見たという。
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廃屋、廃ホテル、廃学校。そんな中でも廃病院は良くない。これはそういう話です。
山陰地方のある山奥の湖畔に、自然に囲まれた子ども向けホスピスがありました。そこには末期患者としてたくさんの子どもが入院していたといいます。
しかし、火事だったのか、事故だったのか、詳しいことは分かりませんが、ある日突然閉鎖してしまいました。その建物は今も権利関係のいざこざで取り壊しができないまま残っていました。
「そこへ肝試しに行こう!」ある日仲間うちでそんな話になりました。
うまく都合のついた、男女合わせて四、五人で行くことになりました。
車でその廃病院の近くに着いたはいいものの、建物へ通じる道に藪が生い茂っていて、この先は自分たちでかき分けながら進むしかなさそうでした。
心霊スポットという場所は有名な場所だと特にですが、人がたくさん来るため、心霊スポットへの道はひらけていることが多いといいます。
しかしそこはうっそうと藪が生い茂るばかりで、そう考えると恐らく、地元の人たちや、そのほかの人たちも、誰も来ていない、あるいは来ようとはしていないようでした。
藪をかき分けながら進んでいきます。そうして少しすると建物が見えてきました。その建物の周りはなぜか、不自然にきれいになっていました。
まるで誰かがちょっとずつ手入れしているみたいでしたが、「歩きやすくていいや」と思うだけで、特に気にはしませんでした。
建物に入ろうとしましたが、大きな南京錠がかかっていて入れません。どこからか入れるかもしれないと思い、全員でぐるっと回ってみましたが、どこからも入れそうにありませんでした。
面白いものは何もなさそうだったので「もう帰ろうか」ちょうどそう話していた時です。
ンアアアアアアアアアアアアア
甲高いサイレンのような音が建物の中から聞こえてきました。それはあちこちをグルグル回っていて、サイレンではなく、甲高い子どもの声でした。
声のする方に回ってみると、子どもたちが走り回って遊んでいました。
ンアアアアアアアアアアアアア
「え、ナニコレどっきり?」
「いやそもそも中に入れないし、車ないと来れないよこんなところ」
子供が走り回って遊んでいます。遠目ですが、四、五人いるように見えました。
彼らは廊下で鬼ごっこをしているようでした。
そして鬼が変わっていない感じがしました。一人がずっと二、三人を追いかけているのです。
「なんだこれ」わたしたちは逃げることもできずに立ち尽くし、その状況をただ呆然と眺めていました。
追いかけ役の、鬼役の子どもはなぜか四つん這いでした。
その子だけです。そのくせ、いやに速いですから、一瞬動物かとも思いましたが、足の可動域や関節の感じを見るに恐らく人間の子どもでした。
ンアアアアアアアアアアアアア
まだ甲高い声はそこらじゅうに響いていました。
ずっと聞いていたから、全員何となく気づいたのですが、その断末魔の合間に彼らは
「かまれたらおわり!かまれたらおわり!」
「狂犬病おにごっこ!」
そんなことを言っていました。
「なんだよこれ!」「ねえ!やばいよ!」わたしたちはようやくこの異常な状況に気づき始めましたが、もう遅かった。逃げどきが分かりません。
子供たちが走ってどこかへ行ってくれればいいものの、同じところをぐるぐる回っているので、わたしたちは下手に動けませんでした。
しかし、もう少ししてから、子どもたちはピタッと止まりました。声も消えました。
すると犬役の子どもが立ち上がり、四つ足が二足になるのを暗闇の影が捉えました。
二足になって初めてその子の顔が見えます。左目に眼帯をしていました。その子はこっちをしっかり向いてこう言いました。
「あいつだあいつ しおりだしおり しおりのアネだかハハオヤだか シらないけど オンナのかぞくだよ オンナのかぞくが わたしのメを こんなにしたんだ」
するとさっきまで走り回りながら奇声をあげていた子たちも口々にそしりはじめます。
「ひどい!」「ひどすぎる!」「ひどいなあ!」「なんでそんなことするんだ!」
奇声ではない、いたって普通の声でそしりはじめます。「ひどい!」「アソんでいただけなのに!」
「ひどいな!メをつくなんて!」
それで、わたしたちは一斉に逃げました。
「しおりちゃん」はその場に本当にいました。名指しで意味の分からないことを言われたので相当まいっているようでした。「なんでわたしなの……」車内の空気は重たくどんよりしていました。
みんなでしおりちゃんの部屋に泊まるよと、一生懸命励ましていると、しおりちゃんの家に着きました。
玄関に明かりがついていました。
時間はもう深夜の一時二時でしたから、誰かが起きているとは思えません。
意を決してドアを開けると、玄関にパジャマ姿でしおりちゃんのお姉さんがいました。
真っ白な顔で「あんた大丈夫だった?」と突然しおりちゃんに聞きます。
「いやあんたどこ行くか聞いてなかったからさ……」「携帯も繋がらないし……」
いったん落ち着こうと、台所で水を飲みながらまず、しおりちゃんが何があったかを話しました。そうすると、しおりちゃんのお姉さんは「そっかあ……」と深々と呼吸をしたあとで、自分の見た夢について話し始めました。
仕事が終わり帰宅してからお風呂に入ったあと、疲れに任せベッドに入った瞬間に夢が始まったといいます。半分起きているような状態で次のような夢が始まりました。
自分が廃屋の中で木材の引き戸を閉めようとしていますが、ボロボロになっていてうまく閉まりません。「ヤバい」かなり焦っています。「犬が来る、犬が来る」なぜかそんなことを漠然と思いながら必死になってドアの隙間を埋めようとしています。
「猛り狂っている犬だからやばい あの犬にかみつかれたら終わりだ」
焦ります。どうしよう。まったく時間がない。なぜかは分かりませんが、そう思います。「もうそんなに時間がない」周りを探ると、針金がたくさん落ちています。その針金を拾い集め、ドアと壁の穴に巻きつけて、隙間を埋めようとします。
外からは何の音もしませんが、もうすぐ猛り狂った犬が、必ずこちらへやって来るのが分かりました。
針金のおかげで隙間はだいぶ埋まりましたが、十分ではありません。「猛り狂っている犬だからこれじゃあ不完全だ針金で結んだって駄目だ机ももうないし……」
ンアアアアアアアアアアアアア
突然ブザーのような音が建物の中に響き渡りました。その音は辺りをグルグルしています。
ンアアアアアアアアアアアアア
違うこれは子どもの声だ。それに気づくと何かが階段を四つ足で走ってきました。
ダン!ダン!バババババババババババババッ
イヌが来ました。
バン!バン!バン!バン!バン!
ドアに激しくぶつかり猛り狂っているのが分かります。
もうどうにもならないと、ドアに開いている穴の中に、落ちていた針金の一本をやたらめったらに突っ込みました。
ブサァッ
グチャッ
何かにしっかり突き刺さった感触がありました。すると、それまで猛り狂っている犬だったものが、「イタイイタイイタイ!!」子どもの泣き声に変わりました。
「これは大変なことになった」と思い、急いで針金を引き抜き穴を覗くと、入院着を着た子どもが「痛いよオ!痛いよオ!」と左目を抑えながらシクシク泣いています。
「大変なことをしてしまった」と思いました。でもここは病院です。だから大丈夫。いや、何でわたしは病院だって分かっているんだろう。それよりも子どもはまだ泣いています。
「痛いよオ!痛いよオ!左目が見えないよオ!」
とりあえず何とかしないとと思って、バリケードや針金をどかしながら、その子の方へ行こうとします。
しかし、その時にハッとしました。
「分からないけど、自分が子どもで左目突かれたら、あんなリアクションで済まないよな、もっと痛がったり、あるいは声も出せずにうずくまったりするよなあ……」
そう思ってもう一度穴を覗くと、さっきまでそれらしい音は何もしなかったのに、同じような入院着を着た子どもが犬の子の後ろにずらっと並んでいました。
ひどいなア ひどいなア ナニもしてないのにメをツクのはひどいなよなア〜
全員でそう言っています。「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」繰り返し繰り返し謝りながらも穴を覗いていると、その子どもの中の一人が、何かに気づいたように窓の外を見やります。そしてこう言いました。
「まあいいや セキニンはしおりにとってもらうから」
全員、ぞろぞろと外に出ていきます。左目を突かれて泣いていた犬の子もすっかり泣き止んで静かに出ていきました。しおりってわたしの妹だ。そこで目が覚めました。
「それで、心配だから起きてた」「それほんとに?」「ほんとに……」
それからというもの、ふたりはその場所にお菓子をずっとお供えしてるといいます。欠かすことなく、ずっと。お供えし続けています。跡地になって分からなくなっても、ずっと。
【fin】
各記事、著作権フリー&オリジナル怪談ツイキャス【禍話】忌魅恐NEO 第ニ夜 より、編集・再構成してお送りしています。
禍話 - 忌魅恐NEO 第ニ夜 (1:13:15〜)
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