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【AI小説】Symbolic Garment(テニプリ二次創作)

※自作あらすじ→ChatGPTで小説として出力→人力修正 という手順で制作しています。詳しい制作過程に関しては以前の記事をご参照ください。
※時間設定は原作終了直後、2学期が始まったあたりです。


#1 海堂と桃城、偽海堂を懲らしめる


 夏の終わりを告げる蝉の声が薄れていく中、青春学園テニス部の部室は新しい活気に満ちていた。あの全国大会を戦い抜いた三年生たちは部から去り、新たな体制となって動き出そうとしていたのだ。その先頭に立っていたのは、ほんの数日前に部長に選ばれたばかりの二年生である海堂薫だった。
 部長となった海堂に早速課せられた大仕事、それは新たなレギュラーを決めるためのランキング戦の組み合わせを決めるというものだった。部室の机の上に広げられた二枚の紙、その片方には部員の名前とその実力ランクの一覧、そしてもう片方には組み合わせを記入するための四つの表が書かれている。海堂はその二枚の紙を前にして腕を組み、眉間に深い皺を寄せていた。
 ランキング戦の組み合わせを決めるため、部員たちを四つのグループに分けていく。言葉にすればごく単純なことなのだが、ただそれだけの作業がこれほど難しいとは思っていなかった。
「すぐに終わると思ってたが、これは厄介だな……」
 他に誰もいない部室の中、海堂はひとりため息をついていた。手塚先輩は部長だった頃に毎月こんな作業をしていたのかと思うと気が重くなる。ただの部員だった頃は楽だった。毎月のランキング戦に勝ち抜くことだけを考えていればよかったからだ。だが今は違う。テニス部を全国優勝にまで導いてくれた手塚の姿は、もうここにはいない。この部を引っ張っていく役目は既に自分の手の中へと託されている。
 いや、余計なことを考えている暇はない。まずはこのランキング戦の組み合わせ表を完成させるのが先決だ、そう心を決めた海堂が改めて机の前へと向き直った時、部室のドアが勢いよく開かれた。
「おい、大変だ海堂!」
 慌ただしく飛び込んできたのは、外で部員たちの練習を見ていたはずの副部長の桃城武だった。その手にスマートフォンを握りしめ、まるでグラウンドを何周も走ってきた後であるかのように息を切らせている。
「うるせえぞ桃城。練習ほっぽり出して何してんだよ」
 突然の乱入に眉をひそめる海堂の様子を気にも留めず、桃城は空いている方の手を机にばんと叩きつける。
「それどころじゃねえんだって!」
 桃城の声音はいつになく興奮していた。息を整える間もなく、彼は手にしたスマートフォンの画面を海堂に突きつける。
「ついさっき神尾から連絡が来たんだけどよ。見ろよ、これ」
 小さな液晶画面には一枚の画像が映し出されていた。おそらくはこっそりと撮影されたのであろうそれは、青学のレギュラージャージを着たバンダナ姿の男の後ろ姿だった。画面に背を向け、ラケットを構えているその姿はどう見ても海堂の特徴そのものだが、背後に映っているどこかのストリートテニス場らしきその場所にはまったく心当たりがない。
「何だこれ? 俺じゃねえぞ」
「そりゃそーだろ。俺だってそれくらい分かってるよ」
 当然ながら、海堂はすぐさま否定する。桃城の方も、彼が今まで部室で作業をしていたのは分かりきっていることだから、画像に映る者が海堂本人だとは最初から考えてすらいないようだった。
「お前がこんなところでヘラヘラしながらテニスしてるわけねーだろ。でも、問題はそこじゃねーんだ」
「……?」
 若干の引っかかるような言葉が混ざっていたものの、桃城の表情は真剣そのものだった。「ヘラヘラしながら」のところでぴくりと眉を動かした海堂も、とりあえず話を最後まで聞こうと姿勢を変える。
「これ、近くのストリートテニス場で神尾が撮ったやつなんだけどよ。この偽海堂の野郎が青学の名前に泥を塗るようなことをしてるっつー話なんだ」
「なっ……!」
 海堂は一瞬言葉を失った。青学のレギュラージャージは、彼を含む部員全員にとっての誇りの象徴だ。それを誰だか知らない奴が勝手に着て好き勝手な真似をしているということなんて、絶対に許せるはずがない。
「――そんな野郎、放っておくわけにはいかねえな」
 ゆらりと立ち上がった海堂の拳は、今にも誰かに殴りかかっていきそうなくらいの力で握り締められていた。自分の偽者らしき奴がいるということ以上に、青学の名が汚されようとしているという事実を見逃すことはできなかった。
「だろ? 青学の名誉を守るためにも、今からそいつを懲らしめに行こうぜ」
 桃城がそう提案すると、間髪入れずに海堂は「ああ」と力強く頷いた。
「場所はどこだ?」
「ここからはそう遠くねーよ。俺が案内してやる」
 ふたりは部室を後にし、急ぎ足でストリートテニス場へ向かっていった。青学の名を守るため、そして自分たちの誇りを守るため、彼らは偽者との対峙を決意していた。

 
「お、やーっと来たか」
 ストリートテニス場の入り口にたどり着いたふたりを待っていたのは、不動峰の神尾アキラだった。彼は腕を組み、せっかちそうに足を軽く鳴らしながら周囲を警戒するように見回している。
「ったく、遅せえんだってお前ら。いったい何やってたんだよ」
 早口で言い放った神尾に対し、桃城が「悪い悪い」と軽く手を挙げてみせる。
「海堂に一通り状況を伝えてたんだよ」
 そうでもしなきゃこいつが納得してくんねーからな、と理由を告げる桃城に「そりゃそうだな」と神尾も納得する。
「わざわざ知らせてくれてありがとな、神尾」
「別に礼はいらねえって」と神尾が首を振る。
「あんな奴のせいで青学が出場停止になっちまったら、新人戦の張り合いがなくなるしな」
「はは、余裕あんじゃねーか」
 夏の全国大会に出場した時のメンバーのほとんどが残っている不動峰は、来月の新人戦でも優勝候補の一角に挙げられている。青学が来年全国優勝するための最大の関門のひとつともいえる存在だが、学校同士の関係は極めて良好だった。それとは別に神尾は桃城と気が合うらしく、普段から学校の枠を超えた友人付き合いが続いている。だから今回の件についても、真っ先に桃城へ伝えてくれたのだろう。
「それに、マムシの偽者がいるって話を聞いたら、お前らだって見過ごすわけにもいかねえだろ?」
「ま、そーだな」
 人の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべている神尾の様子からすると、どうやら彼はこの状況を面白がっているようだった。だが神尾につられて苦笑いの表情になった桃城とは対照的に、海堂の顔つきは真剣そのものだった。伝えてくれた礼をするかのように無言で神尾に頷いてみせてから、視線をコートの方へと向ける。
 そこには問題の偽海堂がいた。彼は青学のジャージを着込み、その手に握ったラケットで対戦相手に容赦のないショットを叩き込んでいる。遅いかかってくる球は鋭く、相手に打ち返す余裕を与えさせなかった。飛んでくるボールの行方を目で追うことしかできなかった対戦相手が、戦意を失ったかのように両膝をコートにつくのがネット越しに透けて見えた。
「どうした、これで終わりか! 他に俺と試合する度胸のある奴はいねえのかよ!」
 偽者の大声がコートに響き渡る。彼が現れるまでは平和にテニスを楽しんでいたのであろう周囲の観客たちは怯えたように距離を取っているだけで、彼に近づこうとはしなかった。もちろん、次に対戦しようと申し出る勇気のある者など誰ひとり存在しない。
「なあ……あのジャージって青学のだよな?」
「あんな風にバンダナ巻いた奴が試合に出てるの、俺見たことあるぞ……?」
 近くにいる者たちがそんな風にひそひそと話している声が聞こえてくる。早く何とかしないと、あの偽者のことを海堂だと誤解されかねないだろう。
「……しゃーねーなあ」
 このまま様子を見守っていたところで、何の解決にもならないことは分かりきっていた。小さくため息をついた後、意を決したように桃城がすっと顔を上げる。
「おいおい、青学のジャージを着たやつがこんな場所で何やってんだぁ?」
 桃城の挑戦的な言葉が、コートの中に広がる静寂を切り裂いていく。それはまるで、舞台上で自らの印象を観客に強く焼き付けようとする役者の台詞のようだった。反射的に振り返った偽海堂が、自分と同じ格好をした者たちの存在に気付いてぎょっとしたような顔つきになる。
「練習もしねーでこんな場所でサボってちゃーいけねーな、いけねーよ。……なあ、海堂?」
 桃城が意図的に名前を呼んでみせると、それに応じて海堂が一歩前に出ていった。
「何だよ、あれ……? 同じような格好の奴がふたりいるぞ」
「どっちかが青学の選手になりすましてんのか?」
 海堂の姿に気が付いた観客たちがざわめき始める。
「な……何だ、お前ら」
 偽者の表情が強張ったのを見逃さず、海堂は静かに口を開いた。
「てめえ、青学の名前を汚す気か」
 その言葉には怒りと威圧が込められていた。偽者は一瞬言葉を失ったが、すぐに強がるように笑みを浮かべる。
「汚す? 何訳の分からねえこと言ってんだ。ここで一番強いのは俺だ。誰にも文句なんて言わせねえよ」
 その言い草からすると、彼が青学の名に何の価値も感じていないのは明らかだった。
「……試合の相手を探しているようだな」
 ならばと挑発に乗るような形で、海堂は静かにラケットを握り直す。
「いいだろう、俺が相手になってやる」
 彼のその言葉には、偽者を完膚なきまで叩きのめしてやるという確固たる決意が込められていた。青学の威信を懸けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。
 
 緊張が張り詰めるストリートテニス場のコート上、青学のジャージを着た二人の「海堂」が向かい合っていた。偽海堂は余裕の表情を浮かべ、手にしたラケットを軽く回している。その反対側のコートで本物の海堂は静かに構え、獲物を狙う蛇のように鋭い眼光を放っていた。
「試合形式でやるぜ。文句はねえだろ?」
 偽海堂が挑発するように声を上げるが、海堂は応じる代わりにラケットを一振りしてみせた。桃城と神尾、そして周囲に集まった観衆は息を飲み、この対決の行方を見守る。
「これでも食らいな!」
 試合が始まると、偽海堂は開幕早々から鋭いショットを繰り出してきた。そのボールはコートの端をかすめるような鋭い軌道を描きながら、海堂のいるコートの方へと飛んでいく。
「おいおい、あいつスネイクまで使えんのかよ」
 感心するような神尾の言葉に、桃城も同調する。
「ああ、だけど……」
「アレを本物だって言ったら、マムシの奴めちゃくちゃ怒るよなぁ」
 ふたりとも実際のスネイクの威力を目の前で見て知っているため、偽海堂の技はボールの勢いも正確性も本物のスネイクには到底及ばないとすぐに見抜いていた。そしてそれは、使い手本人である海堂も例外ではない。
「……ちっ」
 ちゃちな技使いやがって、海堂は内心で舌打ちする。こんな劣化版のスネイクしか使えないような奴が本物の海堂だと思われた日にはたまったものではなかった。
「本物のスネイクってもんを見せてやる!」
 そう言うや否や、海堂は軽やかなフットワークでボールに追いつき、鋭いトップスピンをかけたショットを打ち返した。そのボールはコートを横切るように大きく弧を描いてから、ネット際で急激に角度を変える。
「な、なんだあのショット……?」
「全国大会で見たことあるぜ! あれってブーメランスネイクって技じゃねえか?」
 観客たちの間から驚嘆の声が上がる。その正確なコントロールとスピードに、偽海堂は目を見張り、わずかに動揺した表情を見せた。しかし、それを見逃すほど本物の海堂は甘くない。
「これで終わりじゃねえ。次はトルネードスネイクだ!」
 コートに響く乾いた音。海堂が放ったボールはまるで竜巻のように回転しながら鋭く空気を切り裂いて進み、コーナーぎりぎりで跳ね上がると観客席近くに飛び込んでいった。偽海堂は完全にその軌道を見失い、ラケットを振るタイミングを逃してしまう。
「くっ……!」
 立て続けに全国レベルの技を食らった偽海堂は歯ぎしりするような音を立て、次のサーブに備えて構える。しかし、その表情には先ほどの余裕が消え去り、焦りが滲んでいた。
 試合は終始海堂が圧倒的な力を見せつける形で進み、最後のポイントを奪った瞬間、試合の終了を告げる静寂が場を包んだ。肩を落とした偽海堂の手の中から、ラケットがからりと音を立ててコートの上に落ちていく。
「どうやら、勝負あったみてーだな」
 決着はついたとばかりに、試合の様子を見守っていた桃城と神尾がコートの中に入っていく。理由を聞かせてもらおうかと言わんばかりの三組の瞳に見つめられ、観念したように膝をついていた偽海堂が絞り出すように言葉を発した。
「俺の……俺の兄貴が昔、青学のレギュラーだったんだ。俺は別の中学に進学したけど、そこではレギュラーになることすらできなかった」
 兄の足元にも及ばない下手くそな自分を情けなく思っていたところ、彼が着ていたレギュラージャージを見つけたんだ、そう偽海堂は打ち明ける。
「それを着てると、自分が少しだけ強くなったような気がして……ここに来たのも、最初は力試しのつもりだったんだ」
 連戦連勝を続けているうちにどんどん気が大きくなっていって、ついあんな態度を取ってしまったんだ、と偽海堂は俯きながら続けた。
「にしてもよ、何でバンダナなんてつけてたんだ?」
 海堂になりすますつもりだったのか、という神尾の問いかけに、偽海堂が慌てて首を振る。
「い、いや、そんなこと考えてもみなかった。髪を隠せばちょっとした変装くらいになるかと思っただけで……」
 真剣な口調で説明するその様子から、嘘は感じられなかった。その告白を聞いた桃城が肩をすくめて笑いかける。
「なーんだ、そーゆーことかよ。てっきり海堂に化けて青学の評判を落とすつもりだったのかと思ってたぜ」
「そ、そんなつもりは……そうだ、これ」
 誤解を解こうというのか、慌ててジャージを脱ごうとする偽海堂を、桃城は片手で押し留めた。
「んなもん、俺らがもらったってしゃーねーって」
「だ、だけど……」
「それ、兄貴のジャージなんだろ? バレねーうちに、ちゃんと元の場所に戻しておけよ」
 偽海堂は驚いたように桃城を見上げたが、すぐに頷いた。
「……分かった。二度とこんなことはしない」
 周囲で試合の様子を見守っていた観客たちに「すまなかったな」と言いながら、彼は静かに立ち去っていった。だんだん小さくなっていくその背中を見送りながら、神尾がぽつりと呟く。
「――そういえば、あいつの名前とか学校とか、聞かなくてもよかったのか?」
「んー?」
 神尾の言葉を聞いた桃城は、わざとらしい調子で大げさに頭を掻いてみせた。
「あー、そーいえば聞くの忘れちまったなあ!」
「はあ? 何だよ、それ」
「ま、本気で反省してるみたいだったし、あんな馬鹿な真似はもうしねーだろ」
「そっか……お前がそれでいいってんなら、俺もどうこう言うつもりはねえけどよ」
 桃城の言葉を聞いても神尾は未だ納得しきれていないといった様子ではあったが、それ以上問い詰めてこようとはしなかった。これは青学の問題であり、他校の生徒である自分がこれ以上出しゃばるのもおかしいだろう、神尾はそう考えているようだった。
 こうして、ストリートテニス場での騒動はひとまず収束した。青学の誇りは守られ、海堂と桃城、それに神尾は静かにコートを後にする。沈みかける夕陽が、彼らの影を長く引き伸ばしていた。


 ストリートテニス場での一件が片付き、桃城と海堂は青学へ戻る道を歩いていた。家に帰るという神尾とは途中で別れたものの、母校の方へと向かう桃城の足取りはどこか重たかった。横を歩く海堂も、桃城が珍しく無言のままでいるという異変に気付いていたが、敢えて口にはしなかった。
 しばらく歩いた後、桃城がぽつりとつぶやく。
「あいつ、自分のことを『下手だ』って言ってたよな」
 突然の発言に、海堂が顔を上げる。
「ああ、確かそんなことを言ってたな。それがどうしたのか?」
 問い返す海堂に対し、桃城は眉間に皺を寄せながら考え込むような表情を見せた。
「いやな、俺さ、どうしても引っかかるんだよ。あいつ、下手だって言ってた割には、少なくともお前のことを知らないやつになら偽海堂として通用するくらいの実力はあったじゃねえか」
「……」
 桃城の指摘に、海堂も思わず口を閉ざす。確かに偽海堂のテニスには粗さが目立つ部分もあったのだが、彼のテニスは初心者の域を超えていたと認めざるを得なかった。
「……だから何だ? そんなことでずっと悩んでいたのか?」
 桃城の話の意図を掴むことができず、半ば不機嫌そうに聞き返す海堂。しかし桃城は真剣な表情を崩さぬままさらに続ける。
「あんなところで『下手だ』なんてわざわざ謙遜してみせる意味はないだろ? だから、もしかして……青学ジャージを着たことによって、普段の実力以上の力を発揮していたんじゃねえのかなって思ったんだよ」
 その言葉に、海堂は鼻で笑うように応じた。
「そんな馬鹿な話、あるわけねえだろ」
 吐き捨てるように言い放ったものの、その声にはどこか完全には否定しきれないという迷いが混じっていた。その思いを感じ取ったのか、桃城が少し得意げに笑みを浮かべてみせる。
「まあ、自分で言うのもなんだけどよ、俺やお前ってランキング戦に参加できるようになってからすぐにレギュラーになれただろ?」
「――そうだったな」
 ちょうど一年前、ランキング戦に勝ち抜いて当時の副部長だった大石から初めてレギュラージャージを手渡された日のことを海堂は思い出す。新品のジャージから漂う布の香りを嗅ぐと、何だか誇らしげな気分になったものだった。
 ――だが、それと実力以上の力を発揮するということに、何の関係があるのだというのだろうか。海堂には桃城の言わんとしていることがまだ分かっていなかった。
「早いうちからジャージを着てたから、こいつの存在が当たり前になってるんだよ。俺たちはな」
 でもよ、と桃城が続ける。
「例えば、俺たちよりも少し遅れてレギュラーになったタカさんのことを思い出してみろよ。それまではどこか自信なさそうにしてたあの人が、レギュラーになった途端にめきめきと実力を発揮してきたじゃねーか」
「……ああ、そうだな」
 海堂はひとつ上の先輩である河村の姿に思いを馳せる。確かに桃城の言う通り、三年生になるまでは一度もレギュラーになれなかった彼は、念願のレギュラージャージを手にした途端、他校の猛者たちに何度となく勝利を収めていき、全国優勝にも大きく貢献することになった。
「タカさんのことを考えると、レギュラージャージに実力を押し上げる効果があるっていうのも、まんざら信じられない話じゃねーって思うんだよな」
 ま、それはジャージに魔法の力があるとかそういうんじゃなくて、着ることによって自信がつくとか、そういったもんだとは思うんだけどよ。そう桃城は続ける。
「だから単に練習や試合の時に着るもんだとしか考えてねえ俺たちと、実力を押し上げてくれる大切な存在だと考えているであろうタカさんとでは、ジャージの価値ってもんは全然違うって思えねーか?」
「……」
 その言葉を受け、海堂は無意識に自分のジャージの襟元を握りしめた。自分にとって当たり前の存在であるこのレギュラージャージが、他の誰かにとって特別な価値があるものだと考えたことはなかった。
「ついでに言うと、ジャージのことを特別なもんだって考えてる、そういう奴のことまで考えてやんのが部長ってもんじゃねーのかって、俺は思うけどな」
 桃城の投げかけた言葉は冗談めいていたが、その奥には確かな重みが存在していた。
「ジャージの価値、か……」
 海堂は少し間を置いた後にぽつりとつぶやく。自分が部長としてどんな責任を背負っているのか、海堂の胸の内には新たな迷いが芽生えつつあった。それを察した桃城は、口元に軽く笑みを浮かべてみせる。
「ま、ジャージ云々の話は単なる俺の想像だけどな。だからそうやって、あんまり堅苦しく考えすぎんなくたって大丈夫だぜ?」
 俺もいるんだし、頼れる時には頼っちまえばいいんだって。そう言いながら、ぴんと立てた親指で自らの胸元を差してみせる。
「……うるせえ」
 そっけなく返す海堂だったが、その表情にはどこか柔らかさが含まれているように桃城は感じていた。
 ふたりはそれ以上言葉を交わすことなく、テニス部のある校舎を目指して歩みを進めていく。日が沈みつつある空の下、彼らの背中にはそれぞれの決意が静かに宿っていた。


 ストリートテニス場での一件を片付け、桃城と海堂は急ぎ足で部室へと戻ってきた。青学の名を守り切ったという達成感もあり、ふたりの足取りにはどこか弾むような軽やかさがあったのだが、部室の前まで来たところで、その動きはぴたりと止まる。
「待っておったぞ、海堂、桃城」
 扉の前で腕を組み、鋭い目つきでふたりを見つめていたのは、テニス部顧問の竜崎スミレだった。
「……っべー、バアさん……」
 面倒な存在に見つかった、そんな様子になった桃城が小さくつぶやくが、竜崎はそれに取り合う様子もなく、険しい表情のまま言葉を続ける。
「話は部室の中で聞かせてもらおうか。ふたりとも、早く中に入れ」
「はい……」
 もう逃げられない、そう観念したふたりは竜崎に続いて部室へと足を踏み入れた。彼ら三人以外誰もいない室内は静まり返り、これから起こることを予想させるような緊張感に包まれている。竜崎は椅子を指差しながら「そこに座れ」と静かに告げた。
「はい……」
 海堂と桃城が椅子へ腰を下ろすや否や、向かいに腰を下ろした竜崎のまなじりがきりりと吊り上がる。
「まったく、就任初日から部長と副部長がふたりしてどこかに行ってしまうなんて……」
 ワシの長い顧問経験の中でも初めてのことじゃ、呆れたように竜崎が首を振る。
「……すみませんでした」
 顧問の言葉に対して一切言い訳することなく、海堂が深々と頭を下げる。その様子を見つめる竜崎の瞳はわずかに柔らいでいた。
「いや、バアさん、これには深い事情があって……」
 海堂の様子を見て取った桃城が、慌てたように口を挟もうとする。だが竜崎は「言い訳はよい!」と容赦なく遮った。
「まったく……」
 大きなため息をついてから、竜崎は部室で待ち構えていた理由を話し始める。彼女が練習の様子を見に来たところ、指示する者がいなくなって途方に暮れている部員たちの姿があった。そして、他の部員たちから桃城が海堂を連れ出してストリートテニス場へ行ったと聞き、部室の前で帰りを待っていたのだと。
「部活をほっぽり出して勝手な行動をしていいと思っとるのか? 部長と副部長がこんな調子では、ほかの部員たちに示しがつかんじゃろう」
 竜崎の厳しい言葉に桃城も反論できず、頭を掻きながら「……すんません」とつぶやいた。
「理由を聞かせてもらおうか。いったい何があって、ふたりしてストリートテニス場なんかに行ったんじゃ?」
「それは……」
 竜崎の問いに対し、海堂が口を開きかけたその時だった。
「実は、ストリートテニス場に海堂の偽者らしき奴がいるって話を聞いたんで、それを確かめるためにふたりで行ってきたんスよ」
 海堂の言葉を遮るように桃城が横から入ってきた。その様子に何らかの意図を感じた海堂は、桃城に話を任せることにして口をつぐむ。
「海堂の偽者……じゃと? それで、そいつはどこの学校の誰だったんじゃ?」
「いやあ、それがすぐに逃げられちゃって。名前も学校も聞く暇なかったんスよねえ」
 あー残念だなあ、といささかわざとらしい桃城の態度を見た竜崎は目を細め、疑念を込めた視線を向けていたが、やがて肩をすくめてみせる。
「まあよい。誰なのか分からないというなら、これ以上はどうすることもできんからな。今回の件は不問にしてやるとするか」
「本当っスか?」
 浮かれたような声を上げる桃城に「ただし」と竜崎が釘を差す。
「自分たちだけで解決しようとするのは、これっきりにするんじゃぞ」
 竜崎のその言葉に、ふたりはそろって深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!」
 竜崎は海堂と桃城に反省の色が見えたことに満足したのか、静かに椅子から立ち上がる。
「よいな、次からは決して先走らず、まずは顧問のワシに伝えること」
 そう言い残し、竜崎は部室を後にしていった。

 竜崎が去った後、桃城は大きく息を吐き出して椅子にもたれかかる。
「ふう、バアさんの説教はいつ聞いてもきっついな」
 その一方で、海堂は黙ったまま、じっと桃城を見つめていた。
「……なんだよ、海堂? 人の顔じっと見て」
「お前、わざとあいつの名前とか聞かなかったんだろ?」
 海堂の問いかけに、桃城は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに軽く笑った。
「当たり前だろ。あんな状況で学校名とか聞いたら、バアさんに聞かれた時に伝えないといけなくなっちまうじゃねーか」
 そして事情を聞いた竜崎が相手の学校に伝える必要があると判断した場合、そのまま向こうの学校全体の責任問題へと発展しかねない。最悪、次の新人戦に出場できなくなるということもあり得るだろう。
「そんなんでテニスできなくなる奴が出たら、後味悪いだろ?」それが桃城の出した結論だった。
「それにあいつ、青学の名前を汚そうというつもりはなくて、単に強くなって浮かれていただけだったからな。だったら今後青学ジャージを勝手に着さえしなければ、何の問題もねーだろ」
「そういうことか……」
 桃城の言葉を聞いて、海堂は驚きとともに感心の色を隠せなかった。あの場でとっさにそこまで考えた彼の判断力に、改めて副部長としての頼もしさを感じた。もし桃城がいなかったとしたら、偽海堂の一件を穏便に終わらせることはできなかったに違いない。
「……まあ、お前らしい判断だな」
「だろ?」
 桃城は得意げに笑いながら椅子から立ち上がり、海堂を促す。
「じゃあ俺は練習に戻るから、ランキング戦の方は任せたぞ、部長さん」
 軽く肩を叩いてくる桃城に、海堂は小さく笑みを浮かべた。
「――ああ、頼んだぞ、副部長」
 ふたりは青学テニス部の新しい日常を再び歩み始めるべく、それぞれを必要としている場所へと戻っていった。遠くからかすかに聞こえてくる蝉の声は、新しい季節の始まりを告げているかのようだった。


「#1」とある通り、あと2話くらい続きます。AI出力は一応終わっていますので、修正次第公開する予定です。

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