水かけ強盗と野生の雄たけび
<世界一周1年3ヶ月目あたり・ペルー>
マチュピチュトレッキングからクスコの町に戻って約一週間。
私たちの宿の近所に、大きな屋内マーケットがあった。
中は、土産物屋、庶民の食堂、甘味処、パン屋、チーズ屋、花屋、雑貨屋。
その日私は、マーケットを出て、
こんな風景とか見ながら、勇輝からちょっと遅れて歩いていた。
ちょっとした小道。
右側がマーケット、左側は2階建ての建物が並んでいた。服屋やら本屋やら鍵屋やら。
私は珍しく、カメラ(PEN)をバッグに入れず肩に斜め掛けしていた。
横を向いててふっと前を向いた瞬間、
それは起こった。
「シャッ!」
突然、ほんとうに突然、
液体が飛んできた。
頭上から、いや、斜め前からか?
飛んでくる液体の隙間から、こちらに向かってくる男の顔が見えた気がした。しかもその顔は、「いやな雰囲気」を持った顔だった。
間一髪、液体はすれすれで顔を逸れて、私の後方に流れて飛んでいった。
ここまで、0.5秒。
何が起きたのか分からない。
その視界の中で、嫌な雰囲気を持った男がさらに自分に近づいてきたのと、もう2人か3人が身体の周りに寄って来た気配を感じた。
「あ、これ…、ダメなやつだ!!!」
即座に血が逆流を始めた。
思考が追いつかない。
反射的に自分が、獣のような、ニンゲンじゃない何かに変わる。
と同時にそいつが前、あと左右に1人ずつ、たぶん真後ろに1人、がぐんっと一歩踏み出してきて私にぎゅう!とくっついた。私の周りだけ満員電車状態が作られた形だ。
そして一斉に何かを大声を発した。
ここまで、まだ1.5秒。
「NO~~~~~~!!!!!!!!」
3人がくっついてきた反動をそのまま押し返しながら私は叫んだ。
叫び声と同時に、右手と左ヒジと左ひざが出た。
映画「プロジェクトA」のジャッキーチェンかと思った。
3人を半ば宙に浮きながら、うおおおーりゃあ!って押し返した。ものすごい声と形相で。多分髪は逆立ってたと思う。
<嫌!ほんとに、嫌ーーー!!!!!>
心の中から、言葉というカタチを成してないんだけど、こういうとにかく嫌悪が吹き出した。
スタ、っという感じで、着地する。
3人は押されたその流れのまま早足で後ろの人ごみに消えていった。
私は身体の中の熱いものが収まらなくてもう一度叫ぶ。
「うおーーーーーう!!!!!!」。
ここまでで、たぶん5秒ほどだったと思う。
急に震えが来る。
「今の、水かけ強盗だ…。」
かなり前、ネパールに居たときに聞いたことがあった。水をかけられ慌てていると、わーわー叫びながら人が押し寄せてきて「ええー?!何?何?」ってなってる間にバッグを切られ、中のものを盗られるって話。あれだ。
たぶん。
走って勇輝に追いつく。
「今ね、今ね、」
まだ血の逆流と鳥肌と動悸が収まらない。
ものすごい怒りも収まらない。
はぁ、はぁ。
・・・・
ああ、こういう感じ、2回目だ。
インドでもあった。
バラナシの迷路のような↑こういう路地で、すっかり日が暮れて真っ暗になってしまった時があった。
100均で買った小さいライトは壊れていて、宿へ戻る道が分からなくなった私たちは、いったんガンジス河に出るために路地を急いでいた。
あ、ちょっと嫌な予感がする、と思った。
今もし口を塞がれて路地に引き込まれたら私、ヤバいことになる。
身体にゾクっとくるものがあって、前を歩く勇輝に声をかけようとした。
手をつないで歩こう、と。
そのとき。さーっと一人の男が、前を歩く勇輝に近づき、肩を組んできた。「ハローフレンド」。
なんだよ客引きか。歩きながら、肩を組んだまま、勇輝と笑顔で言葉を交わす。
その、勇輝の肩の上の、奴の手が、「変だな」と思った、その瞬間、私の全身の毛穴はあわ立ち、血は逆流した。
手が角度を変えたかと思うと、すっと背中に下り、バッグのポケット(チャックが開いてる!)へ・・・・・・
「NO~~~~~~!!!!!!!!」
近所の全員がピクっとしたんじゃないかってくらいの絶叫、オタケビ。
自分の声の太さに腰を抜かしそうになった。
男は手をポケットに入れる直前で身をひるがえし走って逃げていった。
*
旅に出てから、出現したいくつかのキーワードがあるのだけど、その中に、
「プリミティブ」というものがあるのです。
直訳すると 「原始的」 なんだけど、イメージは、人間の持つ野性味、動物・獣としての部分、生き物としての本能的な状態やエネルギー。
昔雑誌の取材で、神戸まで内田樹教授を訪ねて行き「痩せられない女は何がいけないと思うか」と超くだらない質問をしたことがある。
そのとき、意外にも身体の鈍感・敏感の話になり、武道のロジックやらを交え、結論は「身体が鈍感な女、動きが雑な女は痩せられない」ということになった。
内容補足:空気が乾いてるとか何だか風邪を引きそうとか、今日食べたい物(=身体が欲している栄養分)とか、身体のつぶさな変化をキャッチできる人は健康で美しい人だと。
また、そのような身体の敏感さは所作にも関係していて、コップを持ち上げる、などの単純な1動作でも、普通の人よりも動きのキメが細かくなる(身体のユニット数が多くなる、と表現された)のだと興味深い話をしてくださった。
で、敏感な女になるには? 武道をやるのもいいし、毎日の中に「ルーチン」をつくるといいと。毎日同じ時間に同じ場所を通るとか、トレーニングをするとか。天気や空気や体調の小さな変化が見える、日課を持つことだと。ある女性が地下鉄サリン事件の直前、列車に乗り込んだ瞬間「なにか変」と思って乗るのをやめ、被害を免れたという話(都市伝説?)や、黒柳徹子さんがもう何十年もスクワット50回の日課を欠かしたことがない話を伺って、インタビューは終了した。
とにかくそのとき氏が強調しておられたのは、
現代日本人がいかに鈍感になっているか、だった。
*
旅というのは、自分の中のプリミティブが試される場なのかもしれない。
最終的には“情報” なんて意味がなくて、
「たぶんこの人は悪い人」とか、「この路地は、なんとなくやめたほうがいい」とか、
そういう 瞬間的に感じる「気」や「感覚」しか頼りになるものがない。
とにかく、ニンゲンってすごいって思った。生き物として。
胃があって腸があって、脳のこの部分で記憶をして、耳の鼓膜が震えるから音が聞こえて・・・そういう、教科書で習った身体のメカニズム、じゃないものを持ってる。
東京であんなに毎日めちゃくちゃなリズムで生活して、毎日めちゃくちゃな物食べ続けて、身体の真ん中に大きく「 鈍 」って書初めが貼ってあるみたいな人間だったのに。
旅に出てから見つかった、自分の野生。ケモノの部分。
「私の中にもちゃんと、プリミティブ、あった!内田先生!ありましたーー!」って報告したくなった。
私のそれは、かなり危機的状況に爆発的に出現するみたいだけど。
・・・・・かといって、
水かけ強盗に感謝する気は、ない!!!
おととい来やがれ、次はマジ、ぶっとばしたる!!!!
うおーーーーーーーー!!!!!!
以上。
もののけ美和がお送りしました。
(MIWA)