2月は毎日ノート更新:学歴コンプのこと

 どんな人にも大なり小なり後悔はあると思います。過去成し遂げられなかったこと、過去判断を誤ったこと、そうしたことが自分の中で自己増殖していき後悔となって自分の心にこびりつきます。
その後悔は古い鉄鍋にこびりついた焦げのように簡単に落とし去ることはできません。
 自分の場合のそれ、心の奥底に渦巻く後悔のうち、最も大きな一つが学歴コンプです。物心つき始めた中学生の頃から自分には何もありませんでした。楽器を上等に演奏できるわけでもない。スポーツ方面で何かしらの功績を残せたわけでもない。本当に自分には、何もないと思っていました。そんな自分だから、自分には存在する価値はないとまで思っていました。
 その中で、勉強だけは多少マシでした。中学の時はやればやるほど得意になりました。中学の時真ん中よりも下だった成績は勉強すればするほど成果を得ることができ、学年10位以内は当たり前というところまでいきました。中学の時の努力が功を奏し偏差値70の高校へ進学しました。このことは未だに私の人生の誇りなのですが、人に大っぴらに話すことはできないんでしょうね。ここで言ってしまいましたが、どうせ大して読まれないでしょうから問題ありません。
 高校では勉強に苦戦しましたが、私にはそれしかありませんでしたからそれにこだわりました。そして、私は京都大学という目標をぶち上げました。
 結論から言うと、目標には到底届かず二浪して(仮同志社での面浪人含む)岡山大学。まさしく敗北者とは私のことです。
 そんなわけで大学受験への後悔が心のなかでずーっとぐるぐるしています。だからこそ未だに大学受験用の参考書とかチラチラ気になってしまうわけですな。情のないことに。
 考えてしまうわけですよ。今ならもう少しスケジュールをこなし京都大学に行けたのではないかとか。まぁ、受験したとして最早それが人生に与える影響って少ないんですけどね。それとは別に参考書が純粋に好きというのもあるんですけどね。ビジネス本に比べて同じ価格帯の本でも参考書のほうが情報がギッシリ詰まってたりするので。そんなわけで公開によるものか、純粋な好みによるものがわからずいつもふらふらしています。話が発散してしまいました。今日はここまで。参考書が好きという話でした。

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