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親子
親子喧嘩の相談をうけた話。
相談者が子ども(立派な大人ですが)。経営の意見の食い違いです。経営アドバイザーを行う機会があり家族経営の場合、話を聞いているうちにそちらの問題とごっちゃになっていることが良くあります。経営方針の相違から段々話がプライベートになっていく。
今回は経営の話は置いておいて『親子』の正しい関係とはについて。
はっきり申し上げると髭犬にはわかりません。早々に母親を亡くしているからです。祖父母関係も皆無的になく、孫の位置からの親と祖父母の親父関係をまともに見たことがありません。気難しい父親が歳の離れた弟を必死でなんとかしようとした姿は見てきました。もちろん私も協力したつもりです(笑)
ですので、想像でのお話で理想なのかもしれませんが私の『親子観』を。
親子というより人間として。
子どもも大人も同じ。兄弟親子も。ブラッドの繋がりは強固とは思うが、持論は親子も他人。分かり合える他人はそんなにいない。である。と言うより身内だと自分の事以上に考え過ぎだと思う。
年々が大きい小さいとしては、私より年上の方はそれだけ長く生きている、そこは尊敬である。死んだら終わり、生きてるだけで丸儲けだから。
しかし、私より頭のいい若者、男女問わず稼いでいる子、しいては大多数に感謝されている学生なんて沢山いる。長生き以外のマウントはきりがないだから素直に能力を誉め合えばいい。きっと楽になるはず。
親子観について
親兄弟、はたまた後輩だろうとメドを付けたら同等と考える。この国では成人であろう。
私は12年サイクルで考えている。12歳までが学び、24歳までが実戦、36歳までが修正である。
それまでの人間には望まれたら無条件で手を差しのべようと思う。
ですので成人したら対等で、そこまでで私なんかより数段立派で尊敬できる人は山程いますし逆の人もおります。
その線引きにブラッドの色眼鏡が入りがちになるのが親子の親。
仕方はないです。親になってわかりました。何も出来ない赤子から見ているんですから。
認めたいし、認めたくない。
迷言「子どもは黙って親の言うこときけばいい!」です。
こんな大人になりたくないなぁと生きております。
今はあんな恐ろしかった父親と年末に会うのを楽しみにしております。沢山学べるし沢山誉めてくれるから。きっと他人目線で認めて貰えてるからだと感じます。
私自身も早く子どもとお酒を飲みたいです。
論破されたり、新しい事をされたら怒るのは引きだしが少ないからと言うもの。果たしてどうなるのか期待と不安です。あと最短8年後。
髭犬が目指すのは何でも話せるジジイ。沖縄でフリー食堂『なんくるないさぁ』で酔っぱらいながらうんちく語り合うのが夢。子どもも大人も外国人だろうと、金持ちも貧しいのも関係ない学びの食堂です。
頑張りますo(`^´*)
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