トーマス・マン「ゲーテとトルストイ」に関するメモ②ルソーの自然に対する関係は「情感的(ゼンテイメンターリッシュ)」なもの」、シラーの“Uber naive und sentimentalische Dichtung”
テキストは岩波文庫「ゲーテとトルストイ」トーマス・マン著 山崎章甫・高橋重臣訳 第4刷を使用
(拙劣ということ)
「見よ、なんという素晴らしい人間がこの世に生きていることだろうか」ゴーリキーがトルストイを見て発した叫びは「あらゆる伝記が世間のひとびとを動かしていわせようと求めている叫びであり、また普通実際にそういわせている」
その理由は「人間はどんな人間でも素晴らしいから」であり「精神と感受性とをもってすれば、どんな人間の生活でも、興味ある愛すべきものにすることができる」からである。
「どんなに惨めな生涯でもそうなのです」
「ルソーは通常「神々の寵児」のうちに算えられるような人間ではありませんでした」「このフランス革命の父は悲惨な人間であり、半分がた、あるいは四分の三がところは気が狂っていました」「おそらくは自殺によって生涯をとじたのであり」「『告白』にかかれているように、多情と膀胱カタルの混合物でした」「美的は見地からいえば、彼(ルソー)は決して万人の趣味にかなうような人間ではありませんでした」(36ページ)
「それにもかかわらず、彼(ルソー)の自己暴露のうちに含まれた愛の要求、自己暴露が求めている愛の要求は、多くの涙がそそがれて豊かに報われた」「ルソーは実際に、大いに愛された人、世の寵児と呼んでよい」
「彼(ルソー)が全世界のひとびとの心をゆり動かすことに成功したのは、彼(ルソー)が自然と同盟していたおかげです」
ルソーの自然との同盟は「いくらか一方的な同盟」である。
ルソーは「半ば気のふれた天才、露出狂的な世界震撼者」「万物の母なる自然の寵児の一人というよりは、むしろその継子であり、自然の恩寵と特権にめぐまれた幸運児というよりは、むしろ生まれながらに災厄をになう者」であったから「いくらか一方的な同盟」なのである。
ルソーの自然に対する関係は「情感的(ゼンテイメンターリッシュ)」なもの」、『告白』は「感傷性(ゼンテイメンタリテート)といわぬまでも、情感性(ゼンテイメンタリスムス)の巨浪となって、全世界をあらいながした」
ゲーテとトルストイは情感的(ゼンテイメンターリッシュ)ではなかったから、ルソーのように人々から哀れまれることはなかった。ゲーテとトルストイは自然にあこがれるいわれはほとんどなかった。ゲーテとトルストイ自身が自然だったからだ。(37ページ)
ゲーテとトルストイの自然との同盟は、ルソーの場合のように一方的なものではなかった。たとえ一方的であったとしても、ルソーとは逆の関係、反対の意味でそうだった。
ゲーテとトルストイを、愛し、引きとめたのは自然のほうだった。
ゲーテとトルストイは、自然や、自然的なものの曖昧さや束縛から逃れようとつとめた。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・リーマー(1774生―1845没 1803年以来ゲーテの秘書をつとめ、ゲーテの子アウグストと家庭教師をつとめた。1810年までゲーテ家に同居し、当時の記録を残している)はゲーテの自然や、自然的なものの曖昧さや束縛から逃れようとする人間主義的な努力について「自然のあいまいな所産のなかから、彼自身の、即ち理性の明快な所産を作りだし、かくして存在の使命と義務を果たそうとする」と書いた。
トルストイの場合の自然や、自然的なものの曖昧さや束縛から逃れようとする努力は自己をキリスト化し、聖徒化しようとする拙劣な精神化の試みであり、ゲーテの高い努力に比べれば、見ている者に幸福感よりは苦痛を与えるものだった。
そのゆえは、自然と文化とは矛盾しあうものではないからで、文化は自然の純化でこそあれ、自然の否定ではないからだ。トルストイは自己純化ではなく、自己否定という方法を用いた。
自己否定は時に虚偽の最も恥ずべき形態となりうる。(38ページ)
晩年のトルストイは自身の創造の成果を子供っぽくののしったが、ゲーテにはそれはなかった。
トルストイはそうした虚偽の自己否定と拙劣な精神化を行った。しかし、トルストイは自己を言葉の上では否定することができたが、自己の存在そのものによっては否定することはできなかった。
「ゴーリキーは、彼(トルストイ)を『老獪な』何気ないほほ笑みを浮かべ、ふとい血管がういている創造者の手をもったこの家長を眺めて、ひとりこう考えたのでした。『この人は神に似ている』と。」(39ページ)
(参考)
「シラーは その“Uber naive und sentimentalische Dichtung”に於て,“真の天才はすべて素朴でなければならない。素朴でない天才は存在しない。”と断定 し,更に“知的なもの及び美的なものに於て素朴であるということは,道徳的なものに於て素朴であることを否定し得ない。”といって,天才に於ける自然的完全を称揚しているが,一方ではすでに分裂化され意識化された,即ち自然を喪失して近代化された情感的人間に対して,或る高い可能性をも示唆している,即ち,“もはや自然に代ろうなどと思うべきではないが, 君の胸の中には自然を受け容れ,又その無限の特色を君自身の無限の特権と結びつけ, そしてその両者から神的なものを産みだす様な努力はすべきだ」(ドイツ・ロマン派とシラー 大田哲夫)
「Fr.シラー(Schiller, Friedrich 1759-1805)は詩人を二様のタイプに分け、「彼らは自然であるか、あるいは失われた自然を求めるかのどちらかである」(NA 20,436)と解し、前者を素朴詩人(der naive Dichter)と呼び、後者を情感詩人(der sentimentalische Dichter)と呼ぶ。そしてシラーは素朴詩人の典型を古代の詩人(der alte Dichter)に、情感詩人の典型を近代の詩人(der moderne Dichter)に捉えて、「古代の詩人は自然によって、感性的自然によって、生き生きとした現在によって私たちを感動させ、近代の詩
人は理念によって私たちを感動させる」(NA 20,438)と説く。同様な論旨である次の言葉も挙げておきたい。
あの自然の単純な状態、つまり人間の全ての力が同時に、また調和的統一として働き、それ故に彼の自然の全体が現実のなかに完全にあらわれている状態では、現実のできるだけ完全な模倣が詩人を作ることになり―それに対して文化の状態では、つまり人間の全自然の調和的な協働が単なる理念である状態では、現実を理想に高めること、あるいは同じことだが、理想の表現が詩人を作ることになる。(NA20,437)
そしてこの区分は人間一般にも当てはめられる。つまり、人間のタイプを素朴で自然な存在と情感的な存在に分け、古代人(古代ギリシャ人)や幼い子供を素朴で自然な存在と捉え、それに対して近代人や理性の覚醒に至った人間を情感的な存在と解する。また、この区分は、ゲーテ(Goethe,Johann Wolfgang von 1749-1832)とシラー自身の相違を意識したものである。シラーは、ゲーテを詩的天分に恵まれ、素朴で自然な存在性を留めている詩人とみなし、彼自身を不断の努力のなかから詩的創造を生み出し、失われた心の全体性を追い求める存在、情感的な存在と解する。
註 次の略語を用いている。なお、これらの書籍からの引用と参照箇所については、文中に記す。なお、略語に続く二つのアラビア数字は、順に巻数と頁数を示す。
NA: Schillers Werke, Begründet von J.Petersen, Weimar(Nationalausgabe) 1943ff.」
(Fr.シラーと啓蒙の精神 松山雄三)
(参考)(訳者による解説)
イロニー 生のためにする精神の自己否定
生=ハンス・ハンゼンとインゲボルグ・ホルム
精神=トニオクレーガー
「生が精神の側に歩み寄ることが決してないことを知り尽くしていながら、激しく生に憧れ、生を描き形象してゆくことを自己の使命としようとするトニオクレーガーの考え、生き方がイロニー」
シラー「素朴なるもの=自然」「情感的なるもの=自然を求める努力」
「自然=マンのいうところの生」
「自然=ゲーテ・トルストイ」
「精神=シラー・ドストエフスキー」