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【短編】無機質な浴室
お湯の張っていない浴槽の中で、何をする訳でもぼーっと過ごす。この家は狭く息苦しく、タイル張りの冷ややかなこの空間は私には居心地が良かった。小窓から外の様子を見ると、夕焼けは夜の闇に飲まれようとしていた。もうすぐここも安息の地ではなくなる。
そろそろ準備をしないといけない。この前はのんびりしすぎて、お父さんの入浴の時間に間に合わず酷い目にあった。思い浮かべると、体がズキリと痛んだ。
この家の都合に関わらず、私は浴室が好きだった。規則的に並んだタイル、響く水滴の落ちる音、ほどよい閉塞感。最初はこの家から逃げ出したくて、でも家を出るような度胸のない私の、精一杯の逃避の行き着いた先がこの浴室だった。いつの間にか習慣になってしまった、ここで過ごすひと時が私の心を穏やかにしてくれる。
流石にそろそろ準備をしないといけないが、最後にと、目いっぱい手足を伸ばしてダラリと浴室に身を投げた。リビングではこんなこと絶対に許されない。私なりの誰も知らない反抗が、こんなちょっとしたことだと思うと、情けないよりも笑えた。
「~~~♪」
ギョっと目を見開いた。脱衣所から鼻歌と衣擦れの音が聞こえる。この声はお姉ちゃんだ。不味い、今日は授業で体育があったのか。食事の前に汗を流そうという訳か。どうすればいいんだ、いまから飛び出ても間に合わないだろう。頭の中で思い浮かぶアイデアは、同じく頭の中のもう一人の自分がすぐさまに否定した。ああ、もうダメだ。擦りガラスの向こうの人影がこちらに近づく。
***
ガチャッと扉の開く音が、浴室に響いた。
「きゃああああ、お父さあああん!この前のゴキブリッ!」
「なんだって!?すぐ行くから待ってなさい、今度こそ仕留めてやるからな!」
「一回叩いただけで油断しないでよねっ!」
「もちろんだ!」
パンッと乾いた音が、浴室に何度も響いた。
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・駄文
三兄弟の末っ子長男で、父は単身赴任で男が私以外いない家庭で育った。自分の部屋がなかったこと、二人の姉からはよく思われていなかったこと、母も仕事で遅くまで帰ってこず寂しかったこと。
いろんなことが重なってどこか逃げ出したくなって、一人浴槽の中で三角座りをしていたことがあった。
普段の入浴の際の湯気のたった浴室とは異なり、冷たく無機質な空間に感じた。さみいし、姉に見つかったら「またコイツ変なことしてるー」っとバカにされるからすぐにやめた。
惨めな思いに拍車がかかるだけだから、やめときなはれやっ!
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