【小説】涙する太陽 ①

 初めて見る景色は、思っていたより何倍も広かった。
 ここで十八人の選手が戦う。一人が皆のために。勝利という、同じ目標に向かって助け合う。なんと熱いものか。
 自分は、本当に小さな世界の中で戦っていたのだと思い知る。孤独で寂しく、そして主に個々の実力だけが左右する厳しい戦い。
 これからの未来を想像すると、目の前のグラウンドのように、俺の胸は広大な期待感でいっぱいになる。
 
 初日の練習が終わり、俺は一塁側のネット際に転がっているボールを拾った。そこには、決して取れない手垢と、傷が刻み込まれてある。それらの上に、掴む俺の指があるのには、奇妙な感覚があった。申し訳ないような、それでいて嬉しいような、そんな感覚だ。今までの歴史の上に俺が立つような……、そういうことだ。
「球拾い、すっげえ面倒だよな。な? 亀谷だっけ?」
 感極まっている俺の背中に声をかけるのは、数ミリ程度を残した細い眉が印象的な、神早だった。俺と同じ一年の新入部員だ。
「あ、ああ。そうだな」
 本音ではない。しかし、球拾いするのが楽しいと言うと、変な奴だと思われると思い、賛同することにした。
「だよな! 一年だけにボール拾いさせるなんて考えが古いぜ! こんなもんは実力が無い奴がするもんだ。ちょっと生まれるのが早かったぐらいで贔屓されるなんざ、俺は認めねえよ!」
「…………」
 これにはさすがに賛同できず、無言を選択する。
 どの世界にも、このような人間が存在するらしい。俺が所属した、武道の世界にも似たような輩がいた。こういう奴に限って口だけだったりする。本当に強い奴は、無言で語るものなのだ。
「ちなみに、お前はどこ? 俺はピッチャーなんだけど」
「あ、いや……」
「あん? もしかして、中学時代はベンチ? いやベンチでも、一応希望するポジションはあったでしょ。どこよ?」
「それが……。俺は、高校で初めて野球をするんだ」
 隠すことは無い。どうせすぐにばれるし、恥と感じるものではない。高校から野球を始めてはいけないという法律もルールも無い。俺は胸を張り、真っ直ぐに神早の目を見た。
 それがどうだ。奴は、まるで珍獣を見るかのような目をしている。高校から野球を始めるのは、そんなにも珍しいことなのか?
「どうしてよ? 中学では何もやってこなかったくちか?」
「……やってたよ」
「何を?」
「……剣道」
「剣道? ……ふーん、あっそ。じゃあ頑張って」
 人の感情が見えないものであることは、十数年生きてきた中で、自然と理解している。しかしその考えを、改めないといけないのかもしれない。
 俺はその時、はっきりと見えた。神早の背中越しに、俺への興味が失った瞬間を。
 ずっと孤独で戦ってきた俺は、仲間で戦うスポーツに光を感じた。勝利で喜びを共有し、敗北で悲しみを共有する。俺にとっては、どちらもさほど変わらないもので、どちらも羨ましかった。何も知らない俺からすると、良いことしか無いと思われた。
 間違いではないのかもしれない。でも、一つ忘れていたことがある。それは、団体競技にはチーム内での争いがあるということ。
 レギュラー争い、それは、個人競技しか知らない俺にとって無縁なもので、それが故に、既に遅れをとっていた。
神早は、俺の実力を探っていたのだ。俺が、馬鹿みたいに感極まっている間に、数歩先を歩いていた。それが証拠に、奴は今、他の一年の元へ向かっている。先程と同じ質問を、その者にするつもりなのだろう。
遠ざかる、それでもはっきりと確認できる、隆起する奴の背中を見つめ、俺はただ黙って立ち尽くすことしかできなかった。

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