「気持ちを伝えること」と「起きた出来事を伝えること」の違い
会話のできない自閉症者の中には、うまく話せなくても練習を重ねることで、自分に起きた出来事について、文章で書いたり、パソコンで打ったりすることができるようになる人もいます。
「どこに行った?」「何をした?」「何を食べた?」などの質問に対しての答えです。
それなのに、どうだったか感想を聞いても、「たのしかった」や「おいしかった」のひと言でさえ、引き出すのは大変ではないでしょうか。
ようやく伝えられるようになったと思ったら、今度は何をしても、何を食べても「たのしかった」「おいしかった」という言葉だけを毎回書きます。
どうしてだか不思議に感じませんか。
僕もずっと、なぜだろうと考えてきました。
僕の場合、気持ちや思いを伝えようとすると、頭の中が真っ白になるのです。言おうとする言葉を忘れてしまうという感じです。
けれど、「お昼何食べた?」というような質問には、何度も練習すると文字盤をつかわなくても、答えることができるようになりました。
食べたいものを言うこともできます。ただ、その食べたいものというのは、本当に今食べたいものの時と、こだわりのパターンになってしまっているせいで、そう言ってしまうメニューがあります。
それは僕の記憶と関係しているような気がするのです。
言おうとすると頭の中から言葉が消えてしまう僕は、それでも何とか伝えようとして、過去の記憶の中から、同じような場面を探します。簡単な返事なら、その場面を思い浮かべて言葉にすれば、忘れないことに気づいたからです。
僕は、頭の中に思い浮かべた場面の中からヒントを見つけて言葉にします。
記憶の中から、似たような場面を探すのは大変です。だから答えるまでに時間がかかることもあります。
練習によって、何を食べたか、どこに行ったかなど伝えられるようになるのは、自分の記憶の中から、その時の場面をうまく引き出せるようになるからだと思います。
今日起きたことなら、比較的思い出しやすいです。記憶が遠い過去にいかないからです。
同じ質問なら、練習を重ねることによって、うまく思い出せるようになります。
けれど、気持ちや思いというものは、記憶を思い出しても形がないものです。見えるものではないので、その場面が答えのヒントにならないのです。
自閉症者は、ひとりひとり違いますが、僕みたいな言葉の表出の困難さを持っている自閉症者もいるのではないでしょうか。
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