修行が足りないな
仕事先からの帰り、山手線に乗った。
午後三時。
車内は混んではいないが、かといって座れない。
みな、微妙な間隔で座っていて、詰めてもらえば座れるのだろうが、そこまでして座る気はないので、出入口のドアのところに立った。
目黒を出、次は五反田。
もうすぐ到着というところで、急に強いブレーキがかかった。
とっさに手すりにつかまる。
(なんだよ急に。あぶな・・・)と思った瞬間、後頭部に衝撃が走った。
(あぶな・・・、あたっ!!)
大きめのボストンバックが足元に転がる。
網棚に載っていた誰かのバックが、ブレーキのはずみで落下したのだ。
あたっ!!と思いながら、ドリフのワンシーンが頭をよぎった。
大きな金だらいが頭に落ちるシーン。
まさにそんな感じだったのかもしれない。
(痛ってー)、と思いながら首を押さえていると、「すみませーん、大丈夫ですかぁ?」と背後から若い女性の声。
男だったら文句言ってやろうかと思ったが、「いやあ、大丈夫ですよ、ハッハッハ」と自分でもわかる妙に気取った声。
きれいなお姉さんなだけに、「バック壊れてませんか?」と、さらに気取った声でむしろ相手を気遣う、わけのわからない所業。
五反田に着き、彼女は降りた。
「ほんとにすみませんでした」と言いながら降りる彼女に、「ご心配なく。気をつけて」と、軽く手を挙げ見送った。
夜。会社で軽く後片付けをしていると、どんどん首が痛くなってきた。
ついには、首でお辞儀をした状態になり、顔をまっすぐにできなくなった。
「なにしてんの?」
別の部の仲のいい奴が近くに来るなり、首をさすっている私に聞いた。
かくかくしかじか、事情を話した。
「オマエさぁ、バカじゃねぇ。なにカッコつけてんの。なんで連絡先聞かなかったワケ?」
慰めるどころかバカにされた。
「オマエに万一のことがあったら、なんてのはどーでもいいけど、仲良くなるチャンスだったろ?なんで聞いとかないワケ?あーあ。もったいない。バーカ」
言われてみれば、確かに失敗した。
ホントに聞いておけばよかった。
でも、そんな判断、咄嗟にはできない。
まだまだ修行が足らんと思った。