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もう、ついてくるな



暖かく晴れた土曜日の午後、早朝からの用事も終わり、神田・淡路町付近を歩いていた。
そもそも、お昼に食べた天丼からそれは始まった。

この時期になると、天丼といえども気を付けなければならない。
しっかりメニューを見て、あの物体が入っていないことを確認し、奮発して「上天丼」を頼んだ。
しばらくして丼がきた。

「土曜のランチは一品サービスしていますので、お召し上がりください」
店員さんが、得意げに、さもお客様のために特別にご用意しました感をいっぱいに込めた声で、ニコニコ顔でそう告げた。

その特別な天丼を見下ろすと、けっこう山盛りの天ぷらの一番上に、なんと、なんと、あるはずのない、あってはいけない、あるべきではない、あの物体が鎮座しているではないか。
三日月の形をし、皮の緑が薄い揚げ粉のせいで、はっきりと露出し、緑と全く調和していないオレンジのブツが、一気に食欲を削ぎ始める。
サービスどころか余計なお世話、湯呑み茶碗のお茶を飲み干し、爪楊枝でぶっ刺し、あの物体を湯呑み茶碗に撤去した。
そういうことは先に言ってくれよと、本来あるべき姿の上天丼を食し、なんとか事なきを得て店を出た。


淡路町は、入り組んだ道に古い家が並ぶ昔からの町並みが続く。
あの物体の残像がチラつく状態で歩いていると、向こうから青いランプを光らせた防犯パトロールカー、通称「青パト」が、ゆっくりと町を見回りながらやってきた。
すると車に載った拡声器から、女性の声でアナウンスが流れ始めた。
「こちらは千代田区役所です。最近、パンプキンさぎや、振り込め詐欺をはじめとした特殊詐欺が・・・」

パンプキン詐欺?
なんでこんなとこでこんな単語聞かなアカンのか。
いやがらせか。
ハロウィンでそんな詐欺があるのか?
そもそもさっき天丼で詐欺にあったようなもんだし。

色んな思いが短い間に次々と出てきた。
本当になんて厄日なんだ今日は。
まるで後をつけられてるかのように、あの物体が追ってくる。
これだから10月はよろしくない。
淡路町を脱出するため、逃げるように足早に、丸ノ内線の駅の階段を下りた。







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