都心のタイムスリップ
『新日本橋駅』
字面だけ見れば、都心にあるそれなりの駅を想像するかもしれないが、ここは有名な都心屈指の秘境駅。
周囲に便利な駅がいくつもあり、わざわざこの駅を利用する必要がなく、必然的に利用者が極めて少ないのである。
ちなみに周囲の駅と1日平均の利用者数は
・三越前駅 11万人
・神田駅 9万人
・小伝馬町駅 3.5万人
となっていて、新日本橋駅の利用者数は、1.7万人。
実は私も一度も利用したことがなかった。
ところが今日、乗っていた電車と行き先により、初めて新日本橋駅に降り立った。
地下深いところにあるホームは非常に閑散としていて、電車が過ぎ去ったあとの静けさに、どこからか水の流れる音がした。
少し時間があったので、長いホームの端まで歩いてみた。
端まで来ると、ホームの照明が届かなくなり、わずかに薄暗い。
水の音がはっきり聞こえ、トンネルの壁から水がとめどなく流れていた。
そのトンネルの壁は、流れる水によるものなのか、黒ずんだシミがびっしりとはびこっている。
端から見るトンネルの奥は真っ暗で、ホームから続く銀色のレールが途中で消えていた。
ホームの壁に、「緊急用非常通路」と書かれた貼り紙があり、行ってみると、錆びた剛鉄の扉が固く閉ざされ、扉の把手には重そうな鎖が何重にも巻きついていた。
扉を開けるとどうなっているのか、どこに通じているのか、中に入ってみたい衝動に駆られた。
そして人は誰もいない。
駅のホームとは思えない異空間。
やがてホームの真ん中に戻り、階段をエスカレーターを上がって改札を通った。
さらに何階か分の階段を上がり、ようやく地上に出た。
青空と、半分黄色く色づいた並木、ひっきりなしに行き交う車、現代に戻って安堵した。