小雨のラヴソング
東京・池袋の、東口と西口を結ぶ狭く天井の低い地下道がある。決してぶつかることはないのだが、気持ち首をかしげながら歩くほどだ。この地下道では、夜になると若者がギターをかかえ、思い思いに歌を歌っていることがある。
久しぶりに来た池袋のジュンク堂書店。
いつも通り、まず一番上の階まで上がり、ワンフロアずつ見ながら降りていった。
これだけで、数時間は過ごせる。
気付いたら、外は陽が落ち、車のヘッドライトとビルのライトとが主役の座に座っていた。
買った本をリュックに詰め書店を出た。
出たすぐの脇道に入り、眩い大通りを避けて、小ぶりな飲食店だけが並ぶ多少静かな道を歩いた。
途中、軽く夕飯を食べ、せっかく池袋に来たのだからと、気に入りのカフェならぬ珈琲店に行った。
風俗街の真っ只中にあるその珈琲店。
店の周りは、原色で彩られた眩しい看板に、呼び込みをする男女、ぼったくりの注意喚起をする警察のアナウンス、とてもこんな所に正統派のカフェがあるとは思えない場所だ。
だが、店内に入れば、暖かく落ち着いたやや暗めの照明に濃い木製の家具、水出し珈琲を作る天井まである大きなウォータードリッパー、聴こえるか聴こえないかぐらいのボリュームのスタンダードジャズ、そして、スーツ姿の高齢のマスターが迎えてくれる。
ドリッパーの真横に座り、一滴一滴落ちてくる珈琲の雫を眺めながら、その水出し珈琲を飲んだ。
珈琲店を出、西口に向かう地下道に行った。
遠くからでも聞こえる歌声たち。
地下道に入ると、彼らには悪いが、残念ながらそんなに上手とは言えない歌唱力に加え、色々な歌が混ざるため、混沌とした雰囲気となる。
しかし、その雰囲気が、猥雑な池袋の街に似合ってもいる。彼らは彼らで一生懸命なのだろう。無気力で何もせず、ただ引きこもっているよりは、よほど良い。
声高らかに、地下道に響き渡るMr.Childrenのラヴソングを聴きながら、若者の特権の羨ましさに微笑ましくも、小雨が降る中、ジーンズのポケットに手を突っ込みながら急ぎ足で歩いた。