窓に明かりがともる時
たそがれが街にせまる頃、帰宅の途につく人々が歩く駅前の古びた商店街を歩き抜け、住宅街の静かな仄暗い狭い道に入った。
小ぶりな家が並ぶ道を15分ほど歩き、雑木林がある角を曲がった。
さらに狭い、車が入れない道の少し奥にある、一軒家を無理矢理アパートにしたような、2階建の古い木造アパートに着いた。
アパートの外にある赤茶色に塗られた鉄製そのままの階段を、カンカンと音を立てながら上った。
上ったすぐにあるドアは、まるで非常階段に出られるドアのように、中心に鍵穴がある丸い銀色の把手がついた平凡なドア。
呼び出すチャイムもない。
しばらくドアを見つめた。
なんでこんな部屋にしたんだ?
静かでいいでしょ。
引越して初めて部屋に連れられて来た時には、驚いた。
駅から遠く古いアパート。
外にある鉄製の階段をカンカンと上り、じかにあるドアを開けて入る。
四畳半に三点ユニットバスとミニキッチン。
畳の上に直接置かれたベットが部屋の半分を占めていた。
まるで男の部屋だ。
あら、そう?ちゃんとお花があるわよ。
小さなテーブルにある使い古したガラス瓶。
一輪、花が挿してあった。
きれいでしょ?どうせ次は広いとこに引っ越しするんだから、それまでの我慢よ。
とはいえ、ここはないだろ。
今さらしょうがないじゃない、それより早く次の部屋探しましょ。
それでも、ここはないだろと心の中で思った。
窓から入る風に揺れるカーテンの音だけがする静けさ。
この部屋ね、外から窓だけははっきり見えるの。
だから分厚いカーテンにしたのか。
でも、夜来たら便利よ。いるかいないかすぐわかるから。
そんな当てずっぽで来ない。
あら?明りがついた部屋に来るって、なんとなく安心しない?
そりゃそうだが、いない時には来ないよ。
そんな部屋も、しばらく経ち、次の部屋へ行くこともなく
いつのまにか主のいない空っぽの部屋に変わった。
何もかもがなくなった。
ドアを見つめ、少しの間、記憶を巻き戻した。
階段を降り、誰もいない明かりのつかない真っ暗な窓を見上げ、気持ちとは真逆に、わずかに笑った。
雑木林の角を曲がり、駅に向かって歩いた。