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月に連れられて
東京・吉祥寺は、大学に入って初めてバイトをした街で、その分思い入れがある場所だ。
アーケード街のディスカウントショップ、今でいうドンキホーテのイメージに近い店で働いた。
大学生もいるが、フリーターもいる、正社員もいる、男女幅広い年齢層の集まりだった。
ここまで幅広い上下関係は人生初めてのことであり、最初は戸惑ったものの、慣れてしまえば、後になって非常に良い経験だったことに気付くこととなる。
夜、店が閉店した後、ジャズをやっている当時40代ぐらいのフリーターの人に、近くのライブハウスによく連れて行ってもらった。
田舎から出たての大学生では、なかなか行く機会のない場所に、初めて行った時の感動は今でもはっきり覚えている。
小難しいことではなく、楽しいぞ、自由でいいぞ、そんな風に教わった。
吉祥寺の駅、北口を出るとすぐ、ハモニカ横丁が目に入る。
歴史ある、狭くゴチャゴチャした飲み屋が集まる通りだ。
賑やかな横丁を通り抜け、アーケード街のチェリーナードを左に曲がり、東急百貨店が構える大通りに出る。
休日の吉祥寺は、買い物や散歩をする人々であふれている。
そんな人混みをくぐり抜け、百貨店の少し奥にある裏通りに向かった。
ここまで来ると、空が開けてくる。
西に浮かんだ三日月が、薄っすらとぼやけて見えた。
全面ガラス張りの小さなショップが入ったレンガ調のビル。
隅にある階段を地下に降りる。
入り口を開けると、狭いライブハウスの半分近くを占めるグランドピアノが、屋根を広げて出番を待っている。
そのピアノを囲うように設えられたカウンター席が特等席だが、予約でいっぱい、入り口そばの高めのスツールが並んだ席に、見知らぬ人と一緒になって座った。
vo&bs&pf、つまりボーカルとベースとピアノ、ライブが始まった。
普段ほとんどボーカルものは聴かないが、ライブで聴く女性ボーカルのナンバーは、アップテンポであれスローナンバーであれ、角のないまろやかな声に、一種の安らぎを覚えた。
長いピアノソロの間、ベースがどこかへ行ってしまった。
ボーカルはコーヒーを飲んでいる。
一人ピアノだけが、周りを気にせず、泰然とそして楽しげに鍵盤に指を走らせる。
そしてまた、何事もなかったかのように、三人そろった演奏に戻る。
昔教わったジャズの本質が、目の前に広がっている。
これこそ、私の生き様に近い。
今日のライブも、言葉ではなく、雰囲気でそれを教えてくれた。
Fly Me to the Moon。
珍しくやや軽めのリズムで歌い上げたナンバーを聴き終え、店をあとにした。
連れてきてくれた三日月は、西の空から消えていた。