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夏氷

確か、坂の上が揺らいで見えるほど暑い夏の日だった。
坂の界隈では有名な甘味処。
店構えもどことなく古風な趣きを醸し出し、蘇芳色の小振りな暖簾が印象的だった。
店に入ってみたら、ちょうど二人分席が空いてた。 
席に座り、メニューを見ながら、どれにするか二人で悩んでいた。
 
 全部食べたいわ
 そんなに脂肪蓄えてどうすんだ
 夏だから平気よ
 よくわからんが、知らんぞ

結局、暑いので、氷白玉あずき、それと、この店に来たら欠かせない抹茶ババロア、分けて食べようとなった。
しばらくして、大ぶりな二品が運ばれてきた。

ババロアと言われても、半分も食べられるわけもなく、ひと口食べて、あとは彼女が食べた。
白玉あずきと言われても、氷を食べたいわけであり、上に乗っている白玉あずき含め上半分以上を彼女が食べ、残った下半分の氷だけを食べた。

 あぁ、美味しかったぁ
 あぁ、ただの氷がうまかった
 ダイエットしてるわけ?
 脂肪蓄えたそうにしてるからだろうが
 だって美味しいんだもん

店を出たら暑かった。
陽がジリジリと照りつけていた。

 おい、この坂走ってみろ、消化にいいぞ
 お先にどうぞ
 絶対ついて来いよ
 さぁ、どうかしら

ちょっとだけ走って、振り向いてみた。
彼女は立ち止まったまま、笑いながら首をかしげ小さく手を振った。
ついては来てくれなかった。


東京・飯田橋での会議が終わり、東西線・神楽坂駅に向かって歩いた。
神楽坂下交差点を曲がり、坂を登りはじめた。
不二家のペコちゃん焼きを焼いている店のすぐ隣にあった古風な店は、今はない。
遠い昔の夏氷を思い出した今日は、かき氷の日でもある。
かき氷にうってつけの日であるが、さすがに一人で氷白玉あずきは食べられないよな。
 


 

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