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真夜中の缶けり


せっかくの平日の休み、夜、渋谷に行かなければならなくなった。
溢れる人の波をかきわけ、宮益坂を登り歩いた。
宮益坂下交差点を渡り、少し歩くと、三菱UFJ信託銀行がある。
銀行の手前の細い道を曲がると、渋谷ヒカリエの入口につながる階段がある。
ヒカリエができる前は、飲食店が立ち並ぶ通りがあり、大学生後半、その中の一軒でアルバイトをしていた。
銀行の佇まいと細い道が、今からバイトするのではとの錯覚に陥いるほど、昔とまったく変わっていなかった。


バイト先の店は、当時、終電近くまで営業している店で、一応、終電で帰れるよう店側は配慮していた。しかし、バイトが終わった後、腹へったと、結局バイト仲間でラーメン屋に行くことが多かった。食べ終わった頃には電車はない。店の鍵の在りかは知っていたので、家に帰らず、店のソファーをベッド代わりに、みんなで始発まで寝ていた。

ある時、ラーメン屋から店に戻る途中、缶けりしてみないか、という事になった。渋谷といえども、電車が終わった後の真夜中、人気はほとんどない。
空き缶を拾って、道路の真ん中で缶けりをはじめた。隠れている間の静けさが、一人取り残されたようで心細くなる。しゃがんだままビルを見上げると、ビルの谷間に煌々と光る大きな満月が見えた。
一人が見つかって、缶に向かって走る足音が、バタバタとビルの合間に響き、蹴られた缶の乾いた転がる音が、カラカラーンと街中にこだました。
都会の真ん中でやる缶けりは、広々として気持ちがよかった。

そのうち、もっと大胆に、渋谷駅前のスクランブル交差点の真ん中に缶をおいてやることになった。ここまでくると、広すぎて隠れる場所も少ない。車両も走っている。オニに見つかったら缶を蹴らねばならないのだが、見つかる恐さより、交差点の真ん中に缶を蹴りに行く恐さの方が強かった。パーンと鳴り響く車のクラクションの音に、缶の転がる音が完全に消された。
赤信号にもかかわらず、交差点に突っ込む我々を見つけた警官が、「ナニやってんだーっ!!」と走り寄ってくる。
「ヤバいっ、逃げろっ」みな必死で逃げ出した。

まとまって逃げることもなく、みなバラバラに逃げた。なんとか警官を振り切って、たどり着いたのが店の前。逃げるのに成功した仲間が、次々に生還してくる。急いで鍵を開け、店の中に避難する。
「あー、ヤバかったなぁ」
「危ねぇ、危ねぇ」
「でも、意外とおもしろかったな」
心底楽しかったのを覚えてる。みな、いつの間にかソファーに寝そべって、朝の喧騒で目が覚めた。
夜が明けた渋谷の街は、数時間前に缶けりをした街とは思えないほど、人と車と騒音で溢れていた。


そんな事を思い返しながら、確か隠れたはずのビルの谷間に行ってみた。
見上げると、空だけは、大学生の時と同じ、月が輝いていた。
なんとなく、カラカラーンと缶の転がる音が聞こえた気がした。




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