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Photo by
kuribou2022
甘き死を求め
絵に描いたような台風一過の蒼い空。
夏の雲がところどころに広がり、その中を一本の飛行機雲が横切っていく。
休日のせいか、町は静けさに包まれ、時折聴こえる蝉の鳴き声だけが遠くに小さく響く。
買い物をするため、少し離れた駅まで住宅街の中を歩いた。
しばらく歩くと、聴き覚えのあるバッハのカンタータが、遠くから風に乗って流れてきた。
私の手のひらの、いわゆる「生命線」は非常に短い。
真に受ければ恐らくあと数年の命。
しかし、人の命ほど先が読めないものはない。
こればかりは、まさに天のみぞ知るものだ。
死の瞬間、人は何を思うのだろうか。
生きている間は、「悔いのない人生だった」と思いながら死ねればと、人は得てして考える。
だが、どんなに一生懸命悔いのないようにと生きたとしても、「死」そのものこそが最大の「悔い」となり、実は「死」そのものを受け入れることができることこそ、最大の「悔いのない人生」なのではなかろうかと思う。
カンタータの源を追い求め、遠回りにはなるが歩く向きを変えた。
住宅が密集する奥まった所に小さな教会があった。
こんな所に教会があるとは、今まで知らなかった。
教会の屋根を見上げると、消えかかった飛行機雲の代わりに、控えめな大きさのクロスが、蒼い空に白く神々しく輝いているように見え、不意に死生観が頭をかすめた。
そして、カンタータのタイトル通りの言葉を言われているようでもあった。
ーー来たれ、汝甘き死の時よ
果たして、そんな時を迎えられれば、多少「生命線」が短くとも、気にせず生きていけるだろう。