forget me not
JR西日暮里駅を出て、東大に多数進学する高校の脇、ひぐらし坂を登る。
高校と民家にはさまれた坂は、緩やかではあるが狭い道を三度曲がると、空が一気に広がる。
眼下に、何本ものレールが並び、遠くへ行く新幹線や、すぐ次の駅で止まる山手線など、右に左にひっきりなしに駆け抜けていく。
登りきった道をまっすぐに歩き、やがて左手の、こんなところにカフェがあるのかと、目立たないようで目立ったカフェを通り過ぎる。
そしてすぐ右、不動坂を下りる。
ひぐらし坂と同じ高低差を下りるが、一気に下りる分、急勾配なため、道ではなく階段になっている。
下りきったところに、JR田端駅の改札がある。
なんでこんなとこで待ち合わせなんだよ
混んだ都会はイヤなの
だからといって、ここからどうすんだ
歩けばいいじゃない
それにしたってだ
ここなら忘れがたい、いい思い出になるじゃない
いいか悪いかはともかく、とんだ思い出だ
文句ばっかり言わないで、さ、行くわよ
夕方、仕事が終わってすぐの待ち合わせ。
山手線の駅とは思えない改札。
多分二度と来ない場所。
不動坂の急な階段を登り、右に曲がった。
しばらく歩くと、田端駅前通りを見下ろす東台橋に出た。
橋の上から見える西の空の秋の夕暮れが、ビルの姿を漆黒に溶かしている。
ほらね、歩けば意外といいもんでしょ
まぁ、そういうことにしとくか
次いつか来た時、今のこと思い出せるかしら?
たぶんもう来ないし、忘れてるよきっと
だぁめ、忘れないよう、えいっ
いきなり背中に飛びついて、背負う形になった。
このままそこの階段降りて
冗談じゃない、なんの罰ゲームだ
うそうそ、おしまい。
そう言って、背中から降りた。
夕陽を背に、なびいた長い髪のシルエットが映えた。
まるで平屋の一軒家のような田端駅南口。
西日暮里での用事のついで、急に思い出して歩いて来てみた。
大きく張り出した庇が今も変わっていない。
誰もいない静かな改札。
少し待てば、改札の向こうから長い髪をなびかせやって来そうな気がした。
蝉の声が遠くから響き、えいっと聴こえた気がした。
また来たし、忘れてはいなかった。
改札に入り、山手線に乗った。