短編 軽井沢 裏
ここ数日、どうしようもなく前後左右と八方塞がりになったので、ミーティングと称して友人とZoomを繋げた。
「"無い"話しよう」
「それは架空の人物とか?行った場所とかの話?」
鑑真としてミーティングルームに入ってきた友人は飲み込みがジャイアント白田くらい早かった。とりあえず言い出しっぺの私から話すことになった。しかし、"無い"話をするにしても、根は"在る"ものでないとリアリティは出ない気がする。パッと思い浮かんだ上川平動物園へ訪れた時の話なんかをなんとなく改変して話し始めた。
「これは友人から聞いた話で、裏上川平って場所が存在して……」
少しばかりオカルトチックな話になったため、友人は反対に以前旅行したガジェット諸島の話をしてくれた。どうやら就寝時に逆立ちをしなければならない伝統があるのだという。
その後、裏たまごっち、ぱんぞう屋ハイパーゲームの話を小休憩に挟み、今度は私が別荘の聖地めぐりのために友人と軽井沢へ訪れた話をした。
「最寄り駅の手前に4、5分くらいかな、長いトンネルがあって」
「めっちゃ長いね」
「到着予定時刻は8時だったのね、夜の」
「夜のっていうと、あの20時の?」
「そうそう、20時の。20時って普通暗いじゃない」
「うん、夜だし」
「でもトンネルを抜けた先は見渡す限り白かった」
「白い」
「なんかそれで柔らかかったのよ、光が」
「光が柔らかいってすごいな、アイスクリームみたいな?」
「ちょっとよくわからん」
目線を出窓に移すと空が白い。
そういえば今日はスーパームーンだった。話に夢中でつい見逃してしまった。
「駅についても尚、めっちゃ明るいのね。で、まあ駅からホテルまで歩いたんだけど、10分、15分くらいの距離だったかな?明るくて見えやすいし、暗いよりかは全然いいよねって話してさ」
「うんうん」
「鹿の便ってタピオカに似てるからさ、タピオカに入れたらそれは誰かが食すまでタピオカになるし、シュレディンガーのタピオカ作れるんじゃねとかなんとか言ってて。そしたら無事に宿についてね、宿までの道が一本道だったから迷わずいけてさ」
「シュレディンガーって(笑)」
「だってそうじゃない?まあさ、それで一階がガラス張りのオシャレな宿だったんだけど、入って受付でチェックインの手続きしたのよ」
「ほう」
「で、やっぱりあんまりにも気になったから受付の人に聞いたの。なんで明るいんですかって、今20時ですよね?つって。そしたら受付の人がさ、あぁ!すいませんうっかり、ってって、受付の左奥にスタッフルームみたいな部屋に消えてったのよ。で、パチッて音がしたと思ったら、それまでエントランスに入り込んできてた光がファッて切れてさ」
「え、切れたの?」
「うん、切れた」
そう、切れてしまった。前述の通り、この話は全部が全部”無い”話ではない。別荘の聖地巡りをしたことも、4、5分のトンネルを通ったことも、シュレディンガーのタピオカの話も私はかつて一度も体験したことが"無"かった。
「へぇ」
「その宿、共同中庭みたいなのがあってね、そこで空を見上げたら夜空は綺麗に映っててさ。あれオリオン座だ、あれうんち座だとか言い合ったのよ。まあ何はともあれ楽しかったからよかったんだけど」
「朝とかはどうだったん」
「普通に明るかったよ。でも見知った明るさじゃなかったな」
「そういう地域性だったんかな」
「多分そう、こっち帰ってきてやっぱこっちの光の方が性に合ってるなあって思ったよ」
「まあ慣れもあるからね」
「確かに」
「てかもう3時じゃん」
「マジ?ここケツにしようって決めた時間から1時間も過ぎてんじゃん」
「そろそろ寝るか~」
「じゃあ切るね」
「あーい、おやすみ」
パチッ
切れたことを確認して出窓の奥を見上げると、スーパームーンのやわらかな光と冬の大三角形とがそこに併存していた。